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再会という言葉に躍らされていたのは私だけだったのだと、すれ違ったときに思い知らされた。
片手を上げ、定番の挨拶をしれっと流した相手の名前を呼ぶ。昔と同じ呼び方、面影のある姿。
過去のことだと言わんばかりに振り向いた凛は、私のことを気だるげに名字で呼んだ。

「えっと、凛、だよね」
「……ああ」

話し掛けて後悔をした。私よりずっと高い身長、鋭い瞳、低い声。威圧感というのだろうか。考えもなく声を掛けるものではないと思った。私はぺらぺらと世間話で打ち解けられるほど社交的ではない。
でも凛なら。小学生の頃から明るくて私のことをよく助けてくれた凛だったら大丈夫だと甘えていた。
ちらりと窺う私の怯えた様子を見て舌打ち。これもう人違いでしたって逃げた方がいいかもしれない。

「あー……名字」
「はっ、はい!」

上擦った声、伸びる背筋。完全にビビっている。心臓の音がばくばくとうるさい。久しぶりに会えたことへの動悸ではない。おかしいな、こんなつもりじゃなかったのに。――嬉しかったのに。

「なんだよ、それ」
「え、え?」

慌てふためく私は無意識に意味のない動きをしてしまう。目を泳がせたり身振り手振りでその言葉の意味を知ろうとしたりして。それもまた、彼には煩わしく思わせてしまうのだろう。
ギンッと眼光を浴びせられて、びくっぴたって感じで静止。

「……何でもねぇ」

大きな溜め息が降ってきて、この恋も終わった気がした。上手くいかない。積極的な子だったら現状を笑い合ったり連絡先を交換したり、あわよくばこのままどこかへ行ったりしたり。これって妄想でしかない。現実はこんなにも薄っぺらい。待つだけじゃ駄目、自分が頑張らなくちゃ夢なんて見られない。
沈黙で包まれる中、きっと凛は何でもなかったかのように去っていくはずだ。
じゃあなって、消えていく背中には私の声はもう届かない。

「お前は、」

そのはずだった。聞き逃してしまうそうな声に顔を上げれば、妄想はまだ続いている。

「元気だったか」

私の定番の声掛けを律儀に返してくれる凛は、あの頃と同じだと思った。口下手で伝えられない気持ちを汲んでくれるように、ゆっくりと紡いでくれる。
うん、と頷いて、そうか、で途切れて。
変わってしまったような気はしたけれど、でもやっぱり、凛は凛だ。
今度の沈黙は心地良いものに感じられた。良かったと安堵の思いは外に出ていたみたいで、怪訝そうに睨まれても、かつての同級生だと思ったら平気だった。

「怖がってごめんね、凛」
「自分から話し掛けておいてな」

ふわり。少しだけ柔らんだ表情に色付いたのは我ながら単純だ。成長とは恐ろしい。
今やこのギャップでそれはそれは可愛らしい恋人の一人や二人……段々泣きたくなってきた。

「おい、聞いてんのか」
「ん?」

全然変わっていない自分に嘆いていたら、凛がまた怒ったように言った。謝っても顔を背けるだけで効果はない。おろおろとする私の前で口元を押さえる彼はもしかして私への文句を飲み込んでいるのか。そんな気遣い無用だ、吐き出してくれた方がずっといい。

「私大丈夫だよ、凛!」
「何だよ急に!おい、大人しくしてろっ!」

唐突にせがむ私を引き剥がす顔は夕陽に照らされたみたいに染まっていた。
ぽかんと見つめる私の腕を慌てて離し、近付く。

「連絡先、教えろ」
「あ、うん」

無言で交わされたやり取り、これだけでは意味がないことを知っている。
チャンスは今しかない。ずる賢い計算だって時には必要だ。バレたって構わない、ここは伝えておくべきなのだ。

「ありがとう。あの、」
「今夜、メールする」

そして終わりを告げる。歩き出す凛の背中から感じ取れるものは何もなく、台詞を取られてしまった私の頭の中はぐるぐる。

「じゃあな、名前」

どこまでも私を喜ばせることばかり残して、自分は冷静なフリをして。もう知らない。気を持たせることばかりする凛が悪い。
自分から逃げるように足早な凛を掴まえて、振り向かせて、まるで冗談みたいな笑顔で告げる。

「大好き」

その瞬間にボッと彼が分かりやすい反応をするものだから、私は満足気に歯を見せる。
決めた。今夜は私から連絡を取ろう。行きすぎなアプローチを謝罪して、でも本気だってことを伝えて。いつまでも楽しい妄想を繰り広げる私を怒鳴る凛はやっぱり、真っ赤だった。

「順序ってもんがあるだろーが!」

デートに誘おうとしていた彼の気持ちを打ち明けられたのは、風船が張り裂けるぐらいにぎゅうぎゅうと抱き締められた後の話。



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