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呼び掛ける言葉は何にしようかと一人で悩んでいても、結局目の前にいる彼は同じ反応しか返してくれなさそうだ。それでも勝手に下の名前で呼んだら馴れ馴れしいと思われてしまうだろうか。
事前に聞いていた情報、軽く触れるのはどうやらNGらしい。松岡さん、と恐る恐る。

「……なんだよ」

やっぱり不機嫌そうだ。じろりと睨まれて負けてしまった私は何でもないです、ともごもごしながら首を振ってしまった。
友達の江ちゃんから紹介された松岡凛さんとの二人っきりのティータイム。渋々来たと言う顔で隣に座る松岡さんはさっきから舌打ちと溜め息を繰り返していた。正直言って怖い。こんなことなら真琴先輩とかにしてほしかった。
帰らないだけマシと思った方がいいのだろうか。態度は最悪に等しいが、約束は守ってくれている。時折投げ掛けられる視線は私のことを気に掛けてくれているようにも見えるから。

「ここの紅茶、美味しいですね!」
「ああ」

ただ、会話を続ける気はないようだ。振ってみても短い一言を頂くだけで、その後には繋げられない。どうしようと言う思いだけが巡る。

「どういうつもりだ」

長い沈黙の末、ようやく彼から話し掛けてくれた。当然の疑問、私はその答えだけはもう用意していた。

「お話しましょう」
「はあ?」

呆れられたっていい。正直な気持ちはとてもシンプルで簡単だ。
知りたくて、知ってほしくて。

「何でもいいんです。松岡さんの好きなこと、思っていること、教えてほしいんです」

仕組んでしまったことだとしてもまずは知り合うことから始めたい。
たとえ貴方が私のことを妹の友人としか思っていなかったとしても。

「……恋とか、してますか?」

言い終えた後で、ああここまで言ってしまったと少しだけ後悔をした。松岡さんはあまり自分のことを語ろうとしないように見えるから敢えての要望であったのだが、行き過ぎた押し付けには引かれてしまいそうだ。

「そういうお前はどうなんだよ」
「えっ」

てっきり無言で終了を迎えてしまうと思っていたのに。予想外の反応だったけど警戒しているようだったから、まずは聞いた本人が話せと言うことだろうか。
松岡さんと恋バナ。にやける頬を隠しながら、さてどうしようかと口籠る。

「してる、と思います」
「なんで曖昧なんだよ」
「えっと憧れてるんですが、これが恋かどうかってよく分からなくて」

なんか恋愛相談みたいになってきた。いつの間にか松岡さんは身体ごと私に向き直っていて、真剣に相槌を打ってくれている。すごい、私は今松岡さんとお話している。しかも恋の話!

「恋って何なんですかね……」

きっとや多分とか、そういう濁す言い方でしか答えられない私は徐々に気持ちが沈んでいく。
こうして突き詰めてみてもやっぱり断定出来なくて、こうやって二人で過ごしている時間の浮き足立つ感情は恋か、憧れか、それとも。

「恋は落ちるもんだろ」

楽しい、嬉しい、また逢いたい。松岡さんのことを思うとそんな感情で占めつくされる。
格好良くて素敵な人だから傍に居たいとか、好きな人と堂々と呼べない理由。考えれば考えるほど分からなくなるくせに、答えはとてもシンプルだと自分で言っていた愚かな話。

「ロマンチックですね、松岡さん」
「……い、今のは無しだ!忘れろ!
「そんな名言簡単には撤回できません」

少しだけ頬に赤みが差した松岡さんが可愛くて、私はさらにその先をと突っつく。実は松岡さんって百戦錬磨でそういうことに長けているのかもしれない。またはその逆?だなんて想像するだけで楽しい。
素直に聞いてみたら怒鳴られたけど、律儀に返してくれる優しさも知ることが出来た。
気付いたら心から笑っていた私と、心を開いてくれたような松岡さん。ぎゃーぎゃーわいわい、言い合いが出来るぐらいには距離が近付いた気がする。
カフェを出て、家の近くまで送ってもらうことになった。隣を歩く喜び、怖くない沈黙。
勇気を出して江ちゃんにセッティングしてもらって本当に良かった。

「ったく、やっぱり猫被ってたんじゃねーか」
「失礼ですね。緊張してたんですよーっだ」
「騒がしい奴」
「松岡さんは意外と夢を見るタイプだと分析しました!」
「黙れ」

デコピンを一発頂戴した。額を押さえた上半身が少しだけ後ろに傾き、戻ってくる。手の隙間から覗いた松岡さんは笑っている。無様な私の姿を眺めてばかにしながらぺらぺらと饒舌になっていた。
私はそれが嬉しくて、愛しくて、もうこの気持ちの正体は分かってた。今度こそちゃんと言いたい。試すような上辺だけの話じゃなくて、私は、あなたに。



「飛沫」様へ提出
2013.10.12




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