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遙の機嫌が悪くなったのは、旭の一言から始まった。教室内を見渡しながらボーっとする彼の姿を様子がおかしいと悟った貴澄と郁弥が旭の名前を呼ぶ。

「名字ってさぁ……いいよな」

思わず、オーバーリアクションを取ってしまいそうになった遙は口元に運んでいたご飯で
反応を隠すことに成功した。ごくん、といつも以上に喉の通りが悪い。
恋バナだと騒ぐ貴澄に真っ赤な顔でからかうなと怒鳴った後、急にトーンダウンして見せるのだから非常に旭らしくない。
話題の張本人、名字名前は教卓付近で同じクラスの女子生徒と一緒にご飯を食べていた。こちらからでも見えるぐらい笑顔は慎ましく、窓際一番後ろにいる彼らの元へ声は届かない。そんな控えめなところがいいと、旭は語った。

「確かに、皆が嫌がる仕事を進んで引き受けてくれたりするし、責任感もあるよね」
「だよなぁ。お前がいなきゃやだーとか騒いでる女子とは大違いだ」
「えー?それは女の子に失礼だよ?」
「うるっせぇ!モテ男は黙ってろ!」

やいやい始まってしまう旭と貴澄を眺めながら、遙はこのまま名前の話題が終わってしまえと祈っていた。視線の先、決して合わさることのない瞳。遙は黙って残りの弁当に箸を付けた。
幸いにも口を挟まない郁弥も旭の恋愛事情になど興味がないと言った様子だと信じていたのに、それはあっけなく崩れ去った。

「でも名字、結構うるさいところあるよ」
「あ、そういえば郁弥隣の席だよね!」

貴澄の好奇心が郁弥を捉える。旭の手から離れ、キラキラした目でどうどう?と問うてくる至近距離に郁弥は言葉を詰まらせた。考える素振り、牛乳パックのストローを咥えた後もそれは続いた。

「授業中とかこっそり話し掛けて来るし、部活大変だーって泣き言訴えてきたり」
「う、羨ましい……!」
「彼女もバリバリの運動部だもんね」
「あ、あとたまに抱えてる仕事にアドバイスしたりしてる」

誰とでも仲が良く、先生や生徒からの信頼も厚い彼女。若干憧れも含まれているのだろう、旭の熱は増すばかりだが、遙のテンションは下降気味。
好感度が高い幼なじみは、ずいぶん遠くに行ってしまったものだ。





ちゃん付けはやめろ、と言ったときの名前はきょとんとした顔だった。昔からずっと一緒にいた幼なじみだが、いつまでも一緒というわけではないと先に気付いてたのは名前だったのかもしれない。拗ねるような遙の前で「えー。もう思春期到来?」とからかいの笑みを見せたのだが、遙を気遣ってか表立って近付くようなことはしなくなった。同じクラスになってからそう思う。
名前は、遙は、お互いに幼なじみと言う関係を周りには伝えていない。だからこうして会話をするのは実に久しぶりであった。休み時間、珍しく一人でボーっとしていた遙の横を通り過ぎる名前。一番後ろの席にいる遙の近くで用事がある、ふり。

「七瀬、元気?」

自分にしか聞こえない声に思わず振り向く。こら、と窘めるような顔がそこにはあって、慌てて元の体勢に戻った。遙のなんだよ、と小さく零す声も拾った彼女が出したのは困ったように物を探す時に出す間延びしたもの。

「さっき、こっち見てたような気がしたから」
「見てない」
「あっそう。じゃあ別にいいや」

面白くない。背を向け合って、話しているところを誰かに見られまいとしている現状も。
達観して物分かりのいいふりをする彼女も、黙って塞ぎ込む自分も。
どんどん先へ行ってしまう名前のことを、今やもう後ろ姿しか見つめることが出来ないのか。
名前、喉元まで出掛けた言葉が、溶け込む。

「名前ー!これありがとー!」
「あ、ううん」

声を掛けてきた友人が足早に去っていく。遙と話していることなど気付かずに。気にも留めずに。心臓がばくばくうるさい遙の後ろ、にんまりと笑う名前が攻めてくる。

「なぁに、ハルちゃん?」
「だから!ちゃん付けはやめろ!」
「ごめんごめん。で、何?」
「別に」

一貫して話を進めようとしない遙に対して、名前はわざとらしく肩を落とした。まあいいやと言って席に戻っていく。二人が対峙したことを笑う人間はいない。
もうどうでもいい、と溜め息一つ吐いた遙が「名前」と呼んだ。

「今日、一緒に帰るか?真琴も誘って」
「……うん!」

幼い笑顔。変わらない表情に安心する。ふふふ、と未だ喜びに打ちひしがれた名前が遙の元へ近寄り、そのまま彼の黒髪を掻き回した。おい、と嫌がる遙の耳と腕の隙間を
縫った少しだけ狡賢くなった名前が囁く。

「すごく嬉しい」

そんな技を、一体いつ身に付けてきたというのか。郁弥に泣きつくのも一種の計算だと思えてくるから末恐ろしい。遙の声、名前のじゃれ付きに注目を浴びている気もするが、もうあれこれ考えるのは止めにしよう。この自分に向けられた笑顔があれば、すべて帳消しにできる。

「あ、あ、」
「……?椎名くん?」

前言撤回。こちらを指差して叫ぶ旭の姿を見たらやっぱり隠れたままの方が良かったのかと頭を抱えた。



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