K | ナノ


物音にいちいち反応するぐらいには従順に彼の帰りを待っていたつもりだった。きっと褒めてくれるに違いない。もしかしたら良い子って言いながらキスをくれるかもしれない、とぐふふな妄想を繰り広げながらベッドの上で転がる。
でもすぐにそんなことないかと決めつけ大人しくする。ふと思いついて、私は冷凍庫の中から棒アイスを取り出した。まだ来ないかなと膝を抱え大して面白くもない世の中を報道するテレビを眺めていた。
アイスが半分ほど減った頃、外に気配を感じてそちらに目を向けた。ほどなくして2回のノック音。解除キーは持っているはずだが、私は犬のように尻尾を振って彼を出迎えた。

「紫さん、おかえりなさい!」

扉を開ければ、すらりとした長身の優男が立っている。返事をしてから、にこにこと笑う私とは対称に紫さんは鋭い目付きで私を見下ろしていた。溜め息を吐き、呆れたと言わんばかりの態度である。

「ちゃんと確認しなさいって言ってるのに。チェーンも掛けてないし」
「だって紫さんだって分かりますもん」
「しかもそれ、アイス食べながらのお出迎えとか」

はあ、と今度こそ目に見えた対応をされてしまう。
日々どんな瞬間でも美を大切にする彼から見たら、確かにお行儀が悪い。

「ごめんなさい、紫さん」

置く場所もないし、仕方がないと思うが言い訳としては低レベル。コートを脱ぎ始める彼の手伝いをしたかったが、最優先事項は溶けかかっているアイスの処理だ。
私は先程居たイスに腰掛け、急いで残りを食べ始めた。噛み付いたり舐め上げたりする忙しい私を彼が見ているとも知らずに。
棒だけになったそれをゴミ箱に投げ捨ててから、あ、とまたやってしまったと思う。でも幻滅されたくない人が端末を眺めておりお咎めなしだったので安堵しながら身体ごとそちらへ向けた。

「そろそろ私も連れて行ってくれてもいいんじゃないですか?」
「怪我でもされちゃ堪らないもの」

むう、と分かりやすく頬を膨らませる。それはただの過保護であり、私の為ではない。緑のクランズマンとしてはまだまだしたっぱの私だけれど、いずれは紫さんと一緒に任務に就きたいと思っている。やり方はいくらだってあるはずだ。あの道反ちゃんだって女の子だし。実力は相当だから天秤には測れないけれど。
私にだって譲れないことはある。聞き分けの悪い子は嫌いだろうけどとそんなことをうだうだ並べようとしたら、紫さんが突然私のことをじっと見つめてきた。射抜く視線は話の続きに関することではないと気付き、居心地が悪い私は窄まった。

「それより、その格好」

コトサカちゃんのように言葉を繰り返してしまう。今の私の格好?
足の裏を椅子の上に固定していた姿勢を崩し、まじまじと観察していたら、紫さんが目の前にいた。変ですか、と聞こうとしたら彼の手袋が私の太腿をなぞった。
露になっている部分をスーッと撫でるくすぐったさに身を捩れば、彼は真剣な顔で私を諭すように言った。

「少しラフすぎるわね」

ただのTシャツにショートパンツでいる私への心配。この格好で彼を出迎えたから、もし別の人に見られたらと想像できて、途端に幸福感を隠し切れなかった。
怒られるかもしれないと思ったのは後の事。立ち上がってぎゅーと紫さんに抱き付き、何か言われる前に「紫さん、もうゆっくり出来るんですか?」と甘えた。

「それはお誘いかしら?」
「えへへ」

だらしなく笑う私を見る表情は悪いものではなかった。決して乗り気と言うわけではないけれど。
いつもだったら最大限言葉を選ぶが、そんな感じで私の頭のネジもぶっ飛んでいた。後は彼のリミッターが外れれば私の思い通りだ。

「紫さんでも欲情したりするのかなーって思ったら、嬉しくて」

普段なら失礼しちゃうと怒られる物言い。ベッドに投げられたとき、最初はそう思った。
だけど覆い被さる紫さんが妖艶に微笑んでいたからガッツポーズを取りそうになった。押し倒されるシチュエーションは何度も何度もシミュレートしていたけれど、現実はやっぱり破壊力が違う。次に何をされるのか分からない不明瞭な体感に、達する前に快感が訪れてしまう。

「そういえば、こういうことしたことなかったわね」

ああ、それが今この瞬間なんですね。仕掛けて良かった。
少しぐらい生意気で煽る言い方がその気にさせるのかなと分析していたら口付けられていた。
キスは何度もしたことがあるが、ベッドに押し倒されてするのはいつもより雰囲気があった。角度を変えて、舌がゆっくりと動く。始まったのかと思った数秒後、パッと離れた紫さんは色気のある声を出して、一度離れた。

「じゃあ、私はもう一仕事してくるから。先に寝てていいわよ」

それからの展開は漫画のコマ送りのように早かった。ちゅ、と可愛らしいキスを私の額に落としたと思ったら、涼しい顔をして歩いていく。髪を直す仕種とひらりと振られた指先に思いを馳せる。
そう言えば彼は手袋を外していないなぁと。行為の最中ぐらい黒い手袋の中に愛されたいとぼんやり考えてから枕に顔を埋めた。去り際も格好良いけど、私は最高に格好悪い。

「ほんっと、ずるい」
「適わないわねぇ」

もっと早く気付いていれば良かったとぷるぷる震えている私をよそに、壁一枚隔てた向こう側でも彼が冷たいドアに背中を預けて顔を隠していることを知る由もない。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -