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例えば私がもっと大人で、魅惑的なプロポーションをしていたならば。上手く誘えることが出来るなら、彼との関係を変えることが出来るのだろうか。
不意に降られた大雨に冷え切った身体は先に温めさせてもらって、交代して今は紫さんがお風呂に入っている。慣れたように所謂ラブホテルで部屋を取る間、私はドギマギして心臓が壊れそうだった。未知への探求心が疼く場所かと思っていたら、実際にその現場に立ち会うのとでは訳が違っていた。
そういう行為を致すための場所だとしても、私達がその目的で入室したわけではない。ただの休憩だと分かっているのに、今こうしてバスローブのみを羽織っている私はベッドの上で何をするわけでもなく固まっていた。
ふわふわと気持ち良いベッド、紫さんが「せっかくなら」と高い部屋をオーダーした。ウインク付きで同意を求められたとき、本当なら問い詰めてしまいたかった。
せっかくならってどういうことですかするつもりなんですか。嘘です紫さんはそんなことしません。深い意味なんてないと信じていますから

「名前ちゃん」
「は、はい!」

悶々としすぎていて彼が出てくるタイミングを計ることが出来なかった。頭に乗せたタオルを外したとき、いつも無造作に整えられている髪がぺたんとしているのが可愛かった。

「洗面台にあった化粧水使ってみた?あんまり香りが良くないわね」

肌のお手入れにも気を使っている女性らしい紫さんと、着てきたバスローブの丈の短さが同時に垣間見えた気がして思わず目を逸らした。私なんかよりずっと女子力が高い彼がそんな邪なことを考えるわけがありません。ごめんなさい。でもそのすらっとした長身の立ち姿が私の心をくすぐるのです。
自分の香水をつけてやっぱりこれね、と鏡の前で満足気に微笑む横顔が本当に格好良い。

「あら、まだ髪乾かしてないの?」
「あ、はい」

お風呂場から慌てて飛び出してきて気付いた。部屋にはドライヤーがなく、ひとまず自然乾燥でどうにかしようとしていたら、紫さんに真剣な顔でだめ、と言われてしまった。手を引かれ、椅子に座らせられる。洗面台から持ってきたドライヤーの電源を入れ、自分の手で熱風の温度を確かめてから私の髪にあてる。
直に触れられると許されているような気がして温かい気分になれるのは決して状況に酔っているからではない。手袋を外した彼の長く綺麗な指が私の髪を梳く仕種だけで私はもう、落ちてしまいそうだ。

「紫さん」
「なあに?」

乾かす音なんかに負けたくなかった。勢いよく振り向いた先、かちりとオフにしてくれる彼は実は、私の勇気を待ってくれていたのかもしれない。

「好き、です。すごく、紫さんのことが、っ」

頬に当たる髪はまだ冷たさを含んでいるのに、触れた箇所から流れ込んでくる熱が浸透していく。
優しくなんてないと象徴するみたいに髪を掻き分けて後頭部を撫でられる。
熱い、熱いのに、離してほしくない。
長いキスの終わりは、私の髪から垂れた雫の存在が消えた頃だった。

「……せっかくなら」

一時間ほど前に言った紫さんの台詞。まただ、と私が見つめる期待をそのまま打ち返す彼もまた、こうなることを望んでいたのだとしたら。

「求めてる顔をしてたけど、続きは名前ちゃんの口から聞かせてくれないかしら?」

ぱちくりと瞬きをしてから慌てふためく私をにっこりと見つめる紫さんにはもう何を言っても無駄だった。こうなったら止められやしないし、それで彼が喜んでくれるなら、私も嬉しいことだから。

「……ベッド、行きたいです」
「了解、お姫様」

額へのリップ音も、わざわざ横抱きにして運んでくれる愛おしさも全部まとめて私だけのものだとしたら、本当にもう彼は私を溺れさせる天才だ。女の子はこういうの好きでしょう?って雰囲気作りが最初は恥ずかしくて堪らなかった。だけど、相手が紫さんなら、それを見ている私が見惚れてしまうのだから問題がなくなってしまった。
結局そういう名目で利用することになってしまった滞在時間だけど、幸せだと思ってしまう私は、彼といることを選んでしまうからしょうがないのだ。



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