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話し掛ければ答えは返ってくるが視線は参考書に注がれたまま。何度言っても直しはしないこいつは飽きることなく「受験生。そして美咲もね」と自分を正当化したように諭してくる。
ただはいそうですか、と俺も見習うかは別問題である。今更勉強してもしょうがねぇし、どうせ高校もくだらない。

「お前、どこに行くんだ?」
「内緒。受かったら教える」

あ、そう。短く切らしてしまうのはこいつが今勉強中だからだ。隣にいるときは決してこちらを見ない。でも話し掛けたら、返事はする。そして繋げる。

「美咲はどうするの?」
「……考えてねぇ」

世の中つまらないことだらけ。学校なんて閉鎖空間はもっと御免だ。俺の性格を知っているであろう名前は分かっていたように頷き、会話を終える。中味のないやり取りだが、これも長い付き合い故。居心地が悪いわけではなく、無言でも何とも思わない。
つーかそれだからこいつも俺の隣にいるくせに勉強してばっかりなんだろうな。可愛くないやつ、呟こうとして止まる。そんなわけないとすぐに否定する自分がいるからだ。

「はーあ」

覗き込んだ先では数式の羅列。規則正しく当て嵌めていけば解ける問題ばかりを前にしてぶつぶつと。
答えを暗記してもしょうがねぇんじゃないか、とばかな俺がそう指摘すれば「これでいいの」と名前は言う。分からねぇ。そんなに勉強したいなら家か学校かでやればいいのに。
登下校は必ず隣にいる彼女。参考書片手に、俺が音楽を聞いていてもゲームをしていても、気付いたら隣にいるような。

「つまんねぇ……」

生憎とそれだけで満足するような性格ではない。苦痛ではないが、俺よりずっと頭の良い彼女の邪魔をしているのではないだろうか。何度思ったことだろう。強制しているわけではないが、ばかな周りが勘違いしてしまうことも多い。どちらかと言うと名前は内面の意志が強い方。
ゲーセンにでも行こうかと立ち上がる。そうだ、名前のことを家まで送って、それから猿比古に連絡を取って。
頭の中でこの後の予定を組み立てていたら、失念していた。パッとブレザーの裾を掴まれる。久しぶりに重なったかもしれないと、柄にもなく思う。名前が不安そうな目で俺を見つめていた。

「あー……悪い」
「どこ行くの?」

あれほど言っておいたでしょうという瞳。いつも以上に鋭く覗き込まれるそれに睨まれてしどろもどろに答える俺は、おそらくその時点で予定が崩れていることを悟っていた。
勝手にいなくならないでと何度も言われていた。勉強しているからって見ていないわけじゃないから、せめて声を掛けてから席を立ってと。そうじゃないと不安だから。小声で呟いたときの彼女は守ってあげたくなる可愛さを身に纏っていたのに、俺が幾度とその約束を破るものだから、最近では不機嫌で、譲らない。

「暇だからゲーセンでも行こうかと」
「私も行く」
「バッ……!お前は帰れよ!」
「何よ、その言い方。もしかして別の女の子と会うの?」
「ちげーよ!」
「じゃあいいじゃない。それともこっち?」

指で差すのは手元の参考書。確かに受験シーズンとは言え、勉強しながらのゲーセンなんて薦められない。名前は今大事な時期だから勉強も欠かせないわけで、いつもなら俺の要求を呑むのだが。

「気になるなら見えにくいのにする」

そう言う問題ではないのだが。突っ込むのも無意味だと知っていたから肩を落とすだけにする。鞄に仕舞って、取り出す。今度見つめるのは大分サイズが小さくなった単語帳。スペルをチェックしている熱心な彼女が立ち上がり、促される。

「お前ってずいぶん俺の隣に居たがるよなぁ」

並んで歩いても名前は俺など見ない。そう言えば注がれた目が別の色を宿し、「おっ」と俺が表情を変える。
俺と勉強どっちが大事なんだ。もし恋人同士だったら、そんなやり取りだってあるかもしれない。まだ早いよなと俺は踏み出せやしないけど。

「頑張ってるお前にこれやるよ」

女子の好きな味など分からなかったから、適当に買っておいた飴を今気付いたと言わんばかりに差し出す。赤い色。甘い味。彼女のために選んだわけじゃない、そう言い訳のしやすい意地を隠して。

「早く攻略したいなぁ」
「あ?数学の話か?」

ただ、大事なところで鈍感すぎる。顔に出やすい君は丸分かり。今の私の呟きの意味なんてまるで分かっていない。まあそれが君で、悟られても困ってしまうけど。
貰った苺の飴の封を破き、口の中で転がす。美咲のために英語に切り換えたけど、頭ではまだ数式が巡り続けている。勝負の行方は解けた瞬間である。目は受験対策、耳は好きな人の声を。
受験の日まで我慢するつもりだったけど、もう別の試験を受けてしまいたい。初心な君への法則はもう十分把握した。基準も満たしていると信じている。溶けたときに、決める。

単語帳と睨めっこしている名前がそんなことを考えているなんて思いもせずに、ただ真面目だなぁとのんびりしていた俺が驚かされるのは、ゲーセンからの帰り道だった。



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