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喧騒とざわめきは小さな箱の中からカタカタと音を鳴らしているようだった。息遣いの隙間から聞こえるのは恐怖に歪んだ悲鳴に似た声で、どうか誰も教室から飛び出さないでくれと祈るばかりであった。
放送を聞いたや否や怯え出す自分のクラスの女子生徒を宥め終わったかと思えば、力もないくせに意気込む一般生徒とぶつかり諭すのに時間が掛かった。最終的には制圧させてもらう形で大人しくしてもらった。まあ、ベータクラスのストレインを前にしても括りで言えば同じ恐怖心を味わうことになっただろう。ご愁傷様。
そんな無駄な仕事のおかげで、風紀委員の招集に遅れを取ってしまった私は急いで現場へ向かっているところだ。でももう終わっているかもしれないな、と端末を操作しながら走っていたら、同じ境遇の生徒に出会った。内心での舌打ちは彼を映すようで、私は歩幅を緩めた。そこにいたのは、本来であればここにいるはずのない仲間だった。

「伏見、なんでここにいるの?」
「……名字か」

放送を聞いていなかったはずはないのに、いつもだったら先陣を切るはずの一人である伏見猿比古。私と同じ青部と生徒会役員で風紀委員も先頭で熟す切れる奴。彼は廊下の窓際に寄り掛かり涼しい顔で端末を操作していた。つられるように私も現状を確認するために情報を整理する。

「ねえ、行かないの」

完了のメールは入っていないし、ここで油を売るのは仕事をサボることになる。珍しい伏見の姿に疑問を浮かべながらも私の言葉はシカトで流されてしまった。
教えてくれなくても、彼には彼なりの任務があるのかもしれない。そういう役回りであることも重々承知していた私は、伏見のことは見なかったことにしようとした。

「じゃあ、先に行くよ」

声だけ掛けて先へ急ぐ。進捗状況が全然分からないから全力ダッシュの手前。ぐえっとブレザーの襟を掴んだ指は、他でもない端末を滑らせていた先だった。

「ちょ、危ないじゃない」
「お前は行くな」
「は?」
「行く必要ねぇって言ってんだよ」

ちゃんと説明して欲しい。目で訴えても伏見は真顔で私に返すだけ。
真偽が問えない私が静かに這わせる。

「……ストレイン確保の連絡はまだ来てないけど。人手があって困ることはないでしょ」

唇を引き結んでそっぽを向く表情から読み取れる。こんなに素直に顔に出すのは私の前だけである。ごねる伏見なんて珍しい。行きたくなさそうな理由を聞き出す時間は正直ないような気がするのだが。

「ストレインの能力、聞いたか」
「知らない」
「犬。吠えたら服が破けるらしい」
「……」

うわあ。そんな危険な犬が学園にいるだなんて。眉間の皺を押さえてドン引きする伏見の気持ちは正直分かる。でも私だけ隠れてるわけにはいかないでしょう。
思い出して、ぐっと拳を握る。ある意味、今日で良かった。

「大丈夫、私今日の下着新しいやつだから!じゃ、」
「待てって!」
「だって淡島先生も行ってるんだよ!?助けに行かなきゃ!」
「あの人なら平気だろ!」
「なら伏見も行こうよー!心配なら私の盾になってよー!」
「絶対に、嫌!だ!」

強情な彼は動かず。あわよくば私まで道連れにしようとしている。いつもなら渋々でも率先して業務にあたると言うのに、そんなくだらないことに付き合ってられるかという感じなのだろうか。
首を縦に振らない彼を横目に、受信した端末には報告と写真が。確認してから深い溜め息を吐けば、こちらを覗き込んでくる伏見の前で勢いよくそれを仕舞い込んだ。こんなの見せたらますます機嫌が悪くじゃないか。
道明寺さん、室長のパンツ一丁姿なんて送って来なくていいよ。消したら何か起こりそうで怖い。

「室長も出てるみたいだし、そろそろだと思うけど」
「チッ」

それでもきちんと仕事はやり通す伏見の前で室長の名前を出せば、ようやく彼の足が現場に向かうようだった。髪を掻く猫背を押してあげ二人で繋がり合いながら急かす。

「ほらほら、出動しますぞー」
「……かばってやらねぇからな」
「何なら自分から見せましょうか」

最後まで私の心配をしてくれているのは正直心地良かった。君の前だけだよって意味を込めてワイシャツのボタンを一つ外す仕種の前で、伏見は分かりやすく固まった。
決して顔を赤らめるとか、呆れるとかそういう色ではなかった。ただ単純に、それでもたやすく。

「ふふ、嘘だよーん」

これ以上発展しないラインは分かっていたから、私はパッとスキップを踏みながら離れた。
彼の前に出たことでイラッとした伏見は見られなかったけど、突如として現れた風の発生源、彼による悪戯だと気付く。
ひらりと揺れ元に戻るスカートと振り向いた私。
舌を出した彼と正体を見せる掌。
瞬間、真っ赤に染まった私を抜き去っていく。

「………っ!ふ、伏見!」
「バーカ。ンな顔すんなら最初から挑発すんな」

飄々とした顔付きが駆けだしていく。いつだって振り回されているのは私の方だって知っていたから、自分でしたこととはいえ悔しくて堪らなかった。

「……名字、緊急抜刀ッ!」
「早ぇよ!」
「私の標的はお前だ!」

遠い先、ずるい君の手を取って噛み付いてやりたい。逃がさないと細めた瞳に映る背中からは分からないから、その染まった色でちゃんと示してよ。
惚れた弱みには適わないことを私の前で隠す伏見の我慢など知らずに、私は返り討ち覚悟で追い掛ける。



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