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頑なに拒むものだからこれはもう実力行使しかない。むすっとした仏頂面から逃げ回り、手を伸ばす。ぼふん、ベッドに顔から突っ込んだ私は「ダセェ」という小声にキレた。
人が下手に出てると思ってこのやろう!

「猿比古のばかー!」
「ぎゃんぎゃん喚くな……あーうっせぇ」
「そこを動くな!」
「命令すんな」

私より背の高い猿比古を捕まえたところですぐに逃げられてしまうけど、これはもう意地なのだ。相手の嫌悪など無視である。今度は壁に激突した私を見てついには笑い出す始末。よりぶさいくになるぞ、と失礼なことを言うこいつの前で鼻を擦る私は確かに格好悪い。

「ちょっと触らせてほしいだけじゃん!」
「俺の身体は安くねぇよ」
「何その言い方!エロい!やだ!」
「言っておくけど腰触らせろって騒いでるお前の方が変質者だからな」

久しぶりに会った猿比古は前からだけど、さらに細くなったような気がした。
好き嫌い多いし食事に無頓着だからつい心配になってしまって、そうしたら妙に目に付くようになって。

「だから気になるの。大人しくしてて」
「……」

はあ、と盛大な溜め息を頂戴した。呆れ返っていらっしゃる。
でも観念したようにその場に座るものだから、私はニヤリと歯を見せながら近付いた。舌打ちを食らわせる顔を真正面から覗き込みながら失礼します、と声を掛ける。包まれた感覚。びっくりしてしまった私は口を開け、その手で触れることを躊躇した。

「何だよ、早くしろよ」
「いやなんか……先を越されてしまったことに戸惑っている」

フン、と鼻を鳴らす猿比古。抱きしめられたことにより回された手が私の腰で交差していた。
大人しい猿比古。私がそう言ったのだけど、こんなにもされるがままだと遊び心が削がれてしまう。いつもみたいにばかなことは言わないの。下ろしていた手で、彼の腕を掴む。

「今日、何が食べたい?」

一応聞いておいてあげるけど、彼の提案は却下するつもりでいた。少しは苦手克服をしましょうと上から口調で言ったら潰される勢いで締められた。
大丈夫、元気みたい。
アンニュイな気分は見なかったことにして、私は求めていた彼の腰にしがみついた。

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レディ、レディ
オシャレをしてきたの、と笑う彼女は案外あっさりその武装を脱ぎ取った。雑誌やテレビで流しているような文句をそのまま受け売り、嘘か本音か分からぬライントーン。特にフォローは入れない。細く見えるようにと隠してきたわりに裏を見せるのも早い。
だから、食えない。

「黙っちゃってどうしたの、猿比古」

まあそんなこと、彼女に限ったことではないだろうけど。

「うざいなぁ、お前」

見せ付けられていることへの苛立ちを表にしても、名前は姿勢を崩さなかった。
ふふ、と声を上げて笑い露にした脚を主張するかのように組む。傷一つない白さだった。

「だって相手は猿比古だもん。これぐらいしなきゃ」
「煩わしい挑発だよ、本当」
「美咲だったら顔を赤らめて固まるわね」

想像して瞳を細める名前はどこまでも自分のペースを貫いていた。それすら計算されているようで、俺は咄嗟に動いてしまった自身にさえ舌打ちをした。下で聞く彼女が「あらあら」と。大人ぶった振りがむかつく。同い年の癖に。

「涼しい顔をしているあんたも同類よ」
「……ハッ」

所詮上か下かなんて関係ない。暫しそのままの体勢で見つめ合う。お互いの口元に刻まれていた三日月が時間を掛けて水面に溶けるように。目線での交渉。自分達はどこまでも面倒臭いと思う。

「猿比古」
「あ?」
「呼んでみただけ」
「……」

これから行われる前触れには見えないような顔。愛らしさよりも憎たらしさを貼り付けたような表情。
笑わない姿を見つめながら、内容だけは甘ったるい恋人同士みたいだな、と俺は考えていた。

「そこは同じように返してよ。美咲だったら、」
「うるせぇ」

映してから、まただ、と脳裏に浮かんだ。仕掛けてきたのはあっちなのに上手く乗せられる感覚。
悔しい。私はしたくなかったのに、と言い訳の証拠を残すみたいな女のやり方が。

「いつまでも同じ手を使ってんじゃねぇよ、名前」
「ごめんなさい。つい、ね」

ただ、名前にそのつもりはない。世間的な関係でなくとも、単なる遊びと言うわけでもない。当人達ですら名前をつけていない距離感。逃げるつもりもなければ、縛るつもりもない。嘘と嘘で繋がっていれば、いつかは本物になるかもしれない。
そうやって俺達はまた感じ合う。

「私、猿比古のこと嫌いじゃないよ」
「俺も、お前が思ってるより嫌ってねぇよ」

素直なのは寝ているときぐらいだねと滑稽な様を笑うように。それでも離れられないのは、きっとお互いの必要性を触れ合う肌から感じているからだ。



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