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全身を撫でる冷たい風に身を縮ませながら進む。迂闊だった。世間では冬と称される季節であり、何でも先取り精神の女子でありながら、防寒するものを何一つと持っていないとは。
マフラーで首元を覆ったり、可愛いリボンの付いた手袋で暖かいアピールをする子が傍を通るたびに羨ましくなってしまう。帰ったら私も冬物をちゃんと整理して、いやむしろ今日この帰りに新調しようか。これだけ寒い日だったら付けて帰るのも有りかもしれない。
よし、そうしよう。私は早足になって我らが王の元へ向かった。

「確かに受け取りました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。温かいお茶で生き返ります」

流さんに頼まれていた例の物を届け終わり、代わりにお茶を御馳走になっていたところだった。任務帰りの道反ちゃんが帰宅、結果報告をしている隣にあの人の姿はなくて。
きょろきょろしているところを溜め息を吐かれ、まだ何も言っていないのに所在を教えられる。

「下にいる。気になるなら、迎えに行ったらどうだ」
「べ、別にそんなつもりないけど!ちょっと忘れ物しただけだから!紫さんのところへ行くとかそんなつもりこれっぽっちも」
「早く行け」

うぐぐ、ツンデレを発揮すればするほど無駄だった。喜びますよ、なんて面白がる流さんへもちろん文句など言えやしない。冷徹なまでの道反ちゃんの追及の眼差しから逃げるように部屋を出る。
そうだよ、少しでも早く会いたいんだよだなんて口には出せない。そんな可愛いことが言える子だったらとっくに告白でも何でもしてるんだから。

「あ、紫さん!」
「名前ちゃん?」

恥ずかしくて好きだなんて伝えられやしないけれど、この喜びはいつだって隠し通せるものではない。
幸いにも年下の私は懐いているといくらでも誤魔化すことが出来るし、それはそれで意識してもらえないリスクを背負うのだが、どうしたって止められない。紫さんの前で振り撒いてしまうピンクのオーラは恋ですね、と緑の王はいつも笑う。

「おかえりなさい、紫さん」
「ただいま」

緑のクランで良かった。こうして大好きな人の隣に立っていられて、二人並んで皆の元へ歩いて行ける。
私は多分別の道を選んでいたとしても彼を好きになっているのだろう。憶測でしかないが、そうである自分の直感を信じている。

「今日もお疲れ様です。はあ、すれ違いにならなくて良かったー」

吐き出される白い息。口数の少ない紫さんは室内に入ったからかマフラーを外しながら私を映すだけだ。色々と話したいことはあるのだが、一向に言葉は返って来ず、優しい眼差しだけを送られる理由が分からなかった。

「紫さん?どうしたんですか。疲れてます?」
「いいえ。仮にそうだとしても、吹っ飛んじゃったわ」

どうしてですか、とまた私が疑問を口にしようとした刹那、黙っていてと言わんばかりに彼の手が私の頭に乗った。ポン、と上から来る重力に反射的に目を瞑る。そしてゆっくりと開いたら、紫さんが照れるように瞳を細めていた。

「可愛い子にお出迎えしてもらえて、嬉しかったのよ」

反則ですってば。見られまいとしたのか、立ち竦む私を残して一人先へ行く彼。
気の利いた言葉は返せず、もうその話題には触れられない雰囲気にはいつも後悔する。
甘い余韻に浸らせてくれれば告白だって勢いでしてしまうのに。そうやって隙を見せておきながら、すぐにパッと消してしまう。

「それにしても寒そうな格好してるのね」
「油断してました。今日は暗くならないうちに帰ります」

でも私だって、簡単にこの関係を壊したくはないから。言ってほしくないのならまだ伝えるのは止そうかなって。
そうすれば隣に居させてくれるのなら、この程よい距離を継続させてくれるのなら。

「あら、マフラー忘れたの?」
「えへへ」

恋に恋する片思いを演じるようにしますよ。
オシャレの流行を追えるような完璧な女の子になれるまでは。

「じゃあ、これしておきなさい」

紫さんの指先が奏でるように、辺りに黒い空が広がった。
ただの布であるはずなのにこんなにも触り心地の良いものになるとは思わなかった。
今まで紫さんがつけていたマフラー。彼の手によって私の首元に巻かれる様をぼんやりと見つめていた。

「名前ちゃん、」

ふと目が合って、思わず逸らしてしまう。巻き込んだ髪を外に出そうとして屈む紫さんの温もりがより一層強くなる。求められるようになるまでは待とうと決めていたはずなのに、ずるいんですよ、あなたは。

「紫さん……」

一度伏せた目が再び上昇したときが勝負だった。
名前を呼んだのが合図と捉えたのか、紫さんがマフラーの両先端を引っ張った。前のめりになる私は素直にその力に身を任せ、接触を試みる。
外からはマフラーで隠れた口元、何をしているかなんて当人達にしか分からない。

「……無自覚が一番怖いわね」
「いつまでも逃げないでください」

時には直球で攻めなければならない。これで流されても、断られても、私はきっと諦め切れない。大人しく言われるのを待っている子がタイプだったとしても、惑わせているのはあなたなんですから、溺れている自覚を吐露してよ。

「好きです。早く私に落ちてください」

煮え切れない態度はもう嫌だから気付かないふりはもう終わり。未だ隠し続ける一線を越えてやればあっさりとまた壁を築かれてしまうのだけれど、マフラーに残る彼の跡。今度はその裏で、しっかりと触れられていた。

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