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可愛く主張してあわよくば心配してもらったり、ああでも本格的に怒られるのもちょっと良いかもしれない。まったくもうって呆れる紫さんも格好良いだなんて言ったらますます火に油を注ぐようなことになりそうだけど。
そんな期待さっさとゴミ箱に捨てて自宅待機していれば良かったと後悔し始めたのは、あと数分で彼らに会えるという場所まで来ていたときだった。冒頭に戻るが、風邪気味かもしれないという自覚はあったのだ。喉も痛いし、咳も少しだけ出る。
でもジャングルの皆と会うのは一週間ぶりのことで、今回を見送るとまた来週に伸びることになる。うつしてしまうかもしれないが、己の欲求に負けてしまった。だって近況だって聞きたいし、会って声を聞きたい。思い浮かぶのは一人の男の人。さっき連絡したらいるわよって返してくれた紫さんに会いたい一心で家を出たはいいけれど、思ったよりも調子が悪かった。人混みを抜けてきたからかもしれない。大丈夫、って社交辞令で聞いてもらいたかったのに、これは本気で帰されるフラグだった。
途中から足元がおぼつかなくて、視界が揺れている。こっちの方が近かったらなんとか辿り着けた。ドアを閉めて、すぐ壁に寄り掛かって座り込んでしまった。
ぐるぐる眩暈に襲われて暗い闇に身を投じる。重症だと自分で蓋を閉めて、少し休んだら帰ろうと思った。抱きかかえられる感覚も、ぜんぶぜんぶ風邪のせいだと思っていたから、もったいないことをしたと後にまた後悔が増えたのだった。

ひんやりと額に何かが乗ったときに意識を取り戻した。重い瞼をゆっくりと開いたら、隣で私が起きたことに対して語る人がいる。その声の主にすぐには気付けなかったが、自分でピースを組み立てたら当て嵌まるのは一人しかいなかった。紫さん、掠れた声が恥ずかしかったのに、彼は私の頭を撫で「大丈夫?」と問う。ぐちゃぐちゃになった思いで頷くことしかできない自分が情けなかった。

「玄関のセキュリティが外れたのに誰も上がって来ないから心配したのよ。様子を窺いに行ったら顔色が悪い名前ちゃんがいたから、驚いたわ」
「じゃあ、運んでくれたのは……」
「私よ。気持ち悪かった?」

全然そんなことないです。首を振ったらさらに頭痛の波が引き出されて顔を顰めてしまった。分かってるわって笑う紫さんの優しさに甘えてそれ以上は何も言わないでおいた。本当だったら騒ぎ回りたいぐらいだ。
たぶん横抱きでここまで連れて来てもらっただなんて、あの揺りかごみたいに穏やかな感覚だけは残っているけれど、私最大のメモリアル決定。意識がなかったっていうのはこの際置いておく。

「他の、皆は」
「外に出てもらったわ」

流さんも道反ちゃんも、本当はやることがあったであろうに。
病人がいたら集中出来ないよね。一刻も早く帰ろう。身体を起こそうとした私をベッドを押し戻す両手。ふんわりと巻かれた紫さんの髪から彼の匂いがした。

「私の我儘を聞いてもらったの」

いつものコートを着ていないからか、身体の細さが強調されているようで、この人に包まれて眠りたいなぁって馬鹿なことを考える。

「名前ちゃんのことは私一人で看病したいって、ね」

もう、それだけで十分です。浮かされた熱は風邪のせいだけではない。苦しみながらも喜ぶ私への理解も配慮もばっちりで、今日はこれ以上踏み込んでは来ないようだ。
有難い。私はもうヒート寸前だから。

「また流ちゃんに弱味を握られちゃうわね」
「この部屋、カメラとかついてないですよね……」
「さあ、どうかしら」

具合が悪い私と絶好調の紫さんのやり取りを後でこっそり再生する流さん。
有り得そうで怖いから私は壁側へ寝返りを打った。立ち上がる音がしたので、私は同じ姿勢のまま紫さんへ声を掛ける。

「ありがとうございます、紫さん。もう少しだけ休んだら、帰ります」
「送っていくから安心して。あと、眠るのは薬を飲んでからにしなさい」

そう言って紫さんが持って来てくれたお皿には、うさぎの形をした林檎が並んでいた。
目で訴えかけたら剥いてくれたのは自分だと頷く。まったく、どこまでも定番で女子力が高くて負けてばかり。口移しとか隣で眠るとかそういうシチュエーションは望めないけれど、一定の乙女の夢はクリア出来たみたいだ。

「あーん」
「……自分で食べます」
「二人っきりなんだから甘えておきなさい」

いや、むしろ逆のポジションが良かっただけです。まさか自分がされる立場のパターンは
考えていなかった。少々不服に思うが、ここは大人しくしておこう。
横になりながらでは食べにくくて再度ゆっくりと起き上がってみる。背中に手を回して支えてくれるのも、はいって笑顔でフォークに刺さった林檎を口元に宛がうのも、彼の先程の台詞を思い出してはしょうがないなって抵抗する気が失せる。
張り詰めていた糸が解かれていくのに、極め付けに頂いた至近距離でまたピン、と緊張に逆戻り。

「熱っぽいわね。他の症状は?」
「え、えっと」

睫毛の先端に触れてしまう距離に目が泳いで、それからぎゅっと遮断。言葉にならない私からは何も得られず、己が観察していた事柄を上げ、それに合った薬を取りに行ってしまう。今時額で体温を測るとか、夢だったけど心臓に悪い。
もしやここにいたら悪化するだけなのではないかと思えそうなほど。
戻ってきた彼がご機嫌なものだから、つい聞いてしまった。

「紫さん、楽しんでませんか」
「バレちゃった?」

当然、私の反応見たさの扱いであったと気付いていた。
悪いようにはしないわよって軽く言う紫さんから受け取った風邪薬と水を握り締めて、出来ることならば早く効いてくださいと祈りながら口に含んだ。
好きな人が傍にいて息苦しいだなんて、辛いなぁ。

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