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四面楚歌の現状でも気品ある微笑みを浮かべるあなたは素敵に無敵、まさに敵なしと言った様を見せ付けるのだから、その細められた視線が余裕のない私を可愛いと囁いていた。
秩序を乱す害は排除しなければならない。今日もまた吠舞羅との小競り合いかと思い、緊急指令が出たとき私はまだ途中の経緯書作成のため指を走らせていた。
この一文を書き上げれば最後に文章のチェックを行って完成の段階だったので、どうせならば片付けてから出動したかったのに。敵の名前を出された瞬間、私の頭はもうあの人のことしか考えられなくなった。
いつか来るだろうとは思っていたが、来ないでほしいと願っていた。そんなこと無理な話で、そのいつかはあっけなくこうも突然現れるものかと、ゆっくりとサーベルを腰に掛けた。

「良い面ばかり。さすがセプター4ね」

噂は通っているのだから、彼の前で油断する者などいなかった。
各々が構え、特攻するタイミングと敵の出方を窺っていた。私は仲間の背中を眺めることが出来る後方から愛しいあの人を遠巻きに見遣る。どこにいても見つけてあげると笑うみたい。目が合って、いつものように刻む三日月。紫さん、と声に出してしまいそうな恋人の名前だけど、今は求愛するときみたいに呼んだら駄目だ。

「緑のクラン、御芍神紫。大人しく降伏せよ」

我々の最後の忠告に対する返答は迎え撃つことだった。長身ほどある剣を背中から引き抜いた彼が一瞬だけ相手を見定めるように映す。あ、来る。華麗に走り出した紫さんの身体が躍る。
コートの裾が舞う計算めいた艶やかさが引き立てる。恐怖を感じるふりをして息を飲むけど、どうしたって見惚れてしまうんだ。

「考え事なんて失礼じゃなくて?」
「……ッ!」

敵対するクランの中に属していることは承知の上だった。その事実があっても私達は想い合っているし、いざとなれば、なんて夢物語みたいな希望を語ることもある。
ただ、ここが現実だ。私はセプター4で、彼は私達の敵。それでも好き。
出来ることなら穏便に、剣を交えることなく笑い合うポジションが欲しかった。

「まだまだね。良ければ、今度私が稽古をつけてあげるわよ」
「……お手柔らかに」

歯を見せて笑う紫さんのエンジンが掛かってきたみたいだ。そのやる気に火を点けたのが
他でもない私というのが嬉しくて堪らない。二人で睨み合う光景に見えているのかな。
裏表、恋焦がれて殺したいってぐらい私も力があったのなら彼にこんな役割をさせなくて済んだのかもしれない。

「名字!」

仲間が呼ぶ声がする。私の首元に突きつける剣を握るのはもちろん紫さんで、敗者となった私のサーベルは遥か彼方に飛ばされてしまった。膝をついて上目がちに見つめる瞳がぼやけていく。なんでだろう、どうしてこんなに泣きたくなるのだろう。
私がもっと強くて、戦闘を楽しめて、紫さんに向かっていけるような存在だったら。こうして剣を交えるのではなく、背中合わせで堂々とお互いの心配を出来るような。
浮んでは消えるいくつもの可能性。どれを選んだってあなたと出会うことが私の一番の幸福であるのに、神様はずいぶんと酷な世界を与えてくれたものだ。この青い制服を脱いだときにしか傍にいさせてくれないなんて。
涙の落ちる音は、決して死を覚悟したからではない。いや、もしかしたら似たような意味なのかもしれない。
青としての私の存在を消してしまおうか。貴方の色に混ぜてもらおうかと弱音をたった今吐き出してしまいそうな表情を悟られる。後でお説教だよね、と紫さんの変化は手に取るように分かった。

「敵の前で見せる顔じゃないわね」

歩幅分離れた紫さんの剣が振り落とされる。地面から舞う煙に包まれて一番近くにいた私が咳き込んでいる隙間を縫ってくる。頬に触れられる冷えた感触は彼の手袋の温度だった。

「あなたが思いつめる必要なんてないの」
「で、でも」
「どんなときだって私を追い掛けて。私だって同じなんだから」

色々と弁解したいことがあるのにどれから述べたらいいか分からない。私達を薄めてくれる空気が晴れるまでがタイムリミット。辺りでは忙しない足音が響くものだからおちおち長話も出来ない。
引き離されるだなんて泣き言を埋めてくれる。それさえ、強さに変えなさいって。
胸を張ってギリギリラインを歩く自信は私にはないのだけれど、紫さんが手を引いてくれるならいいかなって。

「楽しみましょ」

重なった影が煙と一緒に消える。未だ座り込む私の元へ駈け寄って助け起こしてくれる
仲間からは心配の色が窺えて申し訳なかった。裏切りはしない。そう心に決めると同時に、あの人のことも大事なんだと再確認した。

「……何かされたのか」

赤い頬を指摘され、相手が鋭い伏見さんだったとしても。すべてを見透かしているように思える宗像室長だったとしても。

「いいえ。次は絶対に負けません」

強かに愛を貫いていこうと、私達の結びつきを信じている。

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