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こんなの聞いてないよと内面冷や汗ものだったが、表では少し驚いたぐらいのリアクションで留めておいた。流さんも紫さんも平然としていたので彼女の素顔のことは知っていたのだろうが、面白くない。
でもそれに文句を言ったところで私の評価が
下がるだけなのでやめておいた。

「早急の対策を考えよう」
「ビジネスの話なら私も一緒に、」
「いや、むしろどうやったら道反ちゃんに勝てるかって話だから」

怪訝そうな顔をする彼女にごめんねと言って話を終わらせる。その不審そうな表情だって
絵になるだなんてずるいよ、知らなかったよ!
なぜこんなにも私が騒いでいるのかを説明すると、最近初めて忍者としか認識していなかった道反ちゃんの姿を見たからである。そう、今の今まで気付かなかったのだ。覆面の下、彼女が女の子、それもとびっきりの美少女だったことに。
そんな感じで今更ながら危機感に襲われた私は急遽女子力を上げるためにせっせと動き始めたのだ。目に見えて、安易に。

「よし、お菓子作りを始めよう」

緑の王、流さんにはしっかりと許可を得た。突然キッチンを貸し切らせてくださいと申し出た私に笑顔一つで返してくれたので、きっと私の目論見など筒抜けなのだろう。
条件はお茶会のセッティング。皆の前で私の料理の腕、つまり女子力を披露できるということ。なんて素敵なタイミングだと二つ返事で快諾した自分を恨むことになるなんて、その時の私はまだ思っていなかった。

「ど、どうしよう……」

生クリームを作るのに夢中になっていたからかもしれない。気付いたら焦げ臭い匂いが充満してきていて慌ててオーブンを開けたら先程セットしたスポンジが真っ黒。
削ったら食べられるかなとかそう言う問題ではなくなっていた。

「メインのケーキが完成しないんじゃ……お茶の用意もしなくちゃいけないのに」

頭の中で描いていた素敵な完成図が音を立てて崩れていく。こんなの出せるはずがない。
残りの数少ない材料で代わりを準備出来るほど初心者向けのレシピは優しくなかった。
焦るばかりでページを捲る手が早くなる。時を刻む針は待ってくれやしない。
もう、今日は諦めよう。エプロンを外してお財布片手にキッチンから離れようとしたときだった。
私の前に立つ、想い人。精一杯格好付けた私を見せたかった、好きな人。

「あら、泣きそうな顔をしてどうしたの?」
「紫さん……」

瞬き一つしてから視界がぼやけた。心細かった安堵と、見られたくなかった意地が葛藤している。
でもたぶん、予期していたことなのだろう。ふわりと笑った紫さんがあやすように私の頭をぽんぽんと撫でた。

「様子を見に来て正解だったわね。私も手伝うから、そんな顔しないで」
「で、でも……」
「大切なのは愛情よ。誰も名前ちゃんを責めたりしないから」

もう一度を可能にしてくれる彼は脱ぎ捨てたエプロンを再度渡してくれた。
好きな人の為に頑張る勇気を与えてくれたような気がして、泣き言ばかりの弱い自分を引っ込める。今出来ることをやってみよう。

「私もお菓子作りはあんまり経験がないのよね」

ほとんど使ってしまった材料の前で吟味する紫さんの隣に並び、どうしたらいいでしょうかと彼の指示を仰いでみる。

「だから、今回は和菓子にしましょう。それならいくつか教えてあげられるわ」

紫さんはきっと自分で料理もするから得意分野の分析も済んでいるのだろう。何か好きそうだし、料理とか。そうやって世間体だけじゃなくて自分のスキルを明確にしておくのも大事だと思う。大丈夫、きっと和菓子が主役のお茶会になる。
全体のバランスを考え始める私を笑って、ようやくと言いたげに舌が出る。頬を舐め取られた感触にぱくぱくと無音で抗議したら、私の抜けている部分も補ってくれるから、適わない。

「ついて来られるかしら」
「よ、よろしくお願いします!」




約束の時間には少しばかり遅れてしまったが、無事にセッティングが終了した。
待たせた文句も言わず、むしろ用意を手伝ってくれた彼らには感謝である。
流さんと道反ちゃん、紫さんと私が席に着いた時点でようやくスタート。

「そりゃあ心配もするじゃないですか!」

そして事の発端の話になり、私は正直に打ち明けた。道反ちゃんの素顔を知らなかったから油断していたけど、このままじゃまずいと。紫さんに捨てられないように女子力を高めようとしたと伝えたら、反応はそれぞれだった。

「無用だって俺が言っても聞かないんです」
「くだらない」

流さんは困ったように、道反ちゃんは大変ドライな対応だった。
皆さんその自信は一体どこから来るんですか。私みたいに狼狽えずに自分を持ち続けられる彼らが羨ましい。

「道反ちゃん毒舌……本当に?心配しないでいいの?」
「仕事の付き合い以上の関係は持ったことがないし、付け入る隙などないだろう」

どういうことだろう。少し首を捻ってその意味を待っていたら、私に聞くなと別の方向を示される。角度を変えたらばっちりと重なった視線が交差する。
頬杖をついている紫さんが穏やかにこちらを見つめているものだから、私は瞬時に理解し、赤面した。すかさずとどめを刺しに来るのだから、本当に容赦がない。

「愛されてるわね、私って」
「……そっ、そんなこと……!」
「ようやく誤解が解けましたか」
「まったく」

微笑ましいムードを作るのはやめてほしい。こんな見守り体勢今までなかったと無意味に
ティースプーンでカップの中身を掻き混ぜる。持ってきた紅茶は和菓子にぴったりとまではいかなかったけど、これもまた私達の味であると思った。曖昧な境界線とちぐはぐな組み合わせ。
でも時折、面白いようにかっちりと嵌る瞬間があって、その時を夢見てしまう。
またこうして、穏やかにティータイムを楽しめる機会を望んで、私はまた挑戦してみようと刻んだ。

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