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「どうしてなのかしら」

悩みを打ち明けるにしてはあまりにも軽さを漂わせていた。まるでたった今思い出したかのように、さして重要視していないようで次の話題までの穴埋めぐらいにか過ぎない。
それでも紫の口からそんな言葉が零れたことに対し、コトサカが旋回をしながら発し、隣にいた道反がビジネスに含まれていなくても
声を掛けた。

「ユカリ、ユカリ。ダイジョウブカ」
「何か心配事でも?」
「ええ、大したことじゃないんだけど」

あれ、と彼が指した先には、緑の王と仲睦まじく話す一人の女。れっきとした緑のクランズマンで、名を名字名前と言った。王への忠誠心、任務の成功率と共に申し分ない。ただ一つ障害があるとするならば、紫に対する態度である。

「御芍神さん、流さんが呼んでいます」
「そう。ありがとう」

決して目を合わさず、きっと自分は嫌われているのだろうと思わせる対応である。紫が笑い掛けても用事が終われば我関せずで、お礼と共に肩を叩こうとしたらあからさまに逃げられた。しまいには「触らないでください」と冷血な眼差し。
どうしてこんなに嫌われてるのかしら、というのが先程言葉にした紫の悩みであった。
と言ってもさして心配はしていない。今までだって任務は別々だったし、彼女のメリットを考えればこのまま大人しくしているだろう。流に見離されるのは不本意だし、この居場所を崩壊させるつもりもないと思っているのが彼女への見解だ。

「本当なの、流ちゃん」
「ああ。紫、面倒を見てあげてください」
「……ええ」

無理に距離を縮めるつもりはなかったが、思いもよらぬ展開になってしまった。
緑の王の気まぐれ、一度ぐらい付き合ってあげてもいいかもしれないと、紫はこのチャンスを使わせてもらうことにしたのだった。

「名前ちゃん」

にこりと笑い掛けるビジネススマイルに返ってくるのは愛嬌のない顔。
煩わしいと邪険に扱われるのを失礼しちゃうと零しても、彼女は何も語らない。

「……いつも言ってますが名前で呼ばないでください」

紫と話す時だけは人形のようだ。今まで道反と笑って話していた名前からフッと感情が消え去る。無表情で見つめ返してくる目は迷惑だと訴えかけてくるが、王には従う他ないのが彼女の忠誠心。たとえ嫌いな相手と組まされたとしても、私情は挟んだりしない。

「行くわよ」

その意気込みだけは買ってやりたい。紫が促せば、名前は黙って後に続いた。
初めての任務へ向かうため、静かな二人の姿が見えなくなった。それから大きな溜め息。覆面クランズマンの道反が、やれやれと言った風に肩を落とす。

「……いい加減にしてほしい」



言われたことは確実に遂行する。一歩後ろを歩く名前の不機嫌さを見なかったことにするのは流に白旗を上げるような気分だった。何もしていないのに降参をするのは美しくない。協力するほどのものではないが、あまりにも不釣り合いな関係性。

「そんなんで大丈夫なのかしら」
「あなたに迷惑は掛けません」

零した不安に間髪入れず返してきたのは、彼女も分かっていたからなのだろうか。ムッと唇を伸ばす名前を解してやろうと譲歩に出る紫は彼女の歩みに合わせた。

「別にいいのよ。流ちゃんにもあなたのことを頼まれてるんだから」
「足を引っ張るつもりはありません!」

駄目ね、この子。率直な感想はひとまず仕舞い込む。紫に対してそこまで意地を張る意味が分からない。

「そういうことじゃなくて……はあ、まあいいわ」

何を言っても無駄な気がして、分かりやすく頭を抱えてしまった。それでもぷんぷんと怒っている名前がそこまでムキになる理由。初めての二人での任務、もしものことを考える必要性が徐々になくなっていく。

「こんなに呼吸が合わなくていいと思ってる?」
「私達の間で共同戦線が成り立つとは思っていません。個々の集合体みたいなものじゃないですか、緑は」
「じゃあもしもあなたに何かあっても、手を出さないわよ」
「結構です」

スーッと紫の顔から笑みが消えていった。見ないふりをして澄ます名前を置いて行くように踏み出す。視界に紫のコートの裾がひらりと舞ったとき、彼女は油断をしていた。
そして紫がその姿を見てしまったとき、再び繋がった。

「―――どういうつもりか説明してもらおうかしら」

突き放したのはむしろ名前の方だ。
その張本人が紫から拒絶をされて泣きそうになるだなんて。

「いい加減、こっちも限界なのよね」

両肩を掴んで逃げ場をなくす。見られまいと俯く名前はか細い声で言い訳のようなものを唱えていたがどうにも煮え切らない様子だ。白黒はっきりさせてしまおうと、紫は強引に名前の顔を上げさせた。睨まれて、下手をすれば指を噛まれるぐらいの展開は予想していた。
結果、思わず瞬きを数度繰り返してしまうほどには呆気にとられるぐらい真っ赤に染まった彼女の顔に釘付けになった。

「見ないでくださいっ」

ようやく我に返った彼女が紫を振り払い、威嚇するように距離を取る。
安全領域を手に入れた名前が荒い呼吸をしながら警戒態勢を続けており、紫はそういうことだったのかと彼女が自覚する前に気付いてしまった。

「私のこと、意識してるの?」
「好きなわけじゃありませんから!」

この話はやめてくださいと言わんばかりの態度で名前が駆けていった。
自分から逃げ出した意味をよく考えてほしい。答えは自分の中にあると教えたところで
今までの名前の様子からして素直になれるわけがない。

「不器用すぎるでしょ……」

真っ向勝負のアプローチなら受けて立つから早く咲かせてちょうだいと、彼女の中に眠る種に水はあげないことにした。



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