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遊ばれていると思っても、私が彼に言い返せるはずもなく。嬉しいとも嫌とも言えずに赤面して黙り込む私のことなんて知らないふりをして、本当は全部分かっているのだとしたら。

「紫さん、いつも言っているのですが……」
「なあに?」
「近い、です」

特に用事があるわけでもなく私の傍を離れない彼は今私の肩を抱き、髪に唇を当てていた。その行為を許すまいとしていたのはもうずいぶん前の私。何度伝えても直してくれない彼の癖というかスキンシップには困ったものだ。
私達は恋人のような甘い関係ではなく、かと言って仕事上のパートナーという規則正しい間柄でもない。ただ同じ時を過ごしている、それだけに過ぎない。信頼とか裏切りと言った相反する感情すら持たない。仕事を命じられて、タイミングが重なっただけ。連絡先も知らないから会わなくなったらそれでバイバイ、そういう隙間を埋める恋人みたいな扱い。って自分で言ってて意味が分からない。

「気にしないで。好きでやってるんだから」
「いやその私も合意みたいな言い方も止めてください」

ぎゅうと抱き寄せられると優しい香りが漂う。ずるい。特別敏感なわけじゃないのに
こうして何度も何度も植え付けられていると忘れられなくなるのだ。
最近では心地良いとさえ思ってしまうのだから末期だと思う。嫌われているとか好かれているなんてどうでもいいはずなのに、過度な触れ合いに正直とまどいが大きい。こんなことをして、どうしようと問いたい。

「それより、シャンプー変えたのね」
「……分かるんですか」

ええ、と頷いた彼が手にした一房がさらりと揺れる。そして「良い香りね、よく似合ってるわ」と褒めることも忘れない。
これだから困ってしまうのだ。毎回毎回小さな私の変化を欠かさず見つけては指摘してくる注意深さは、度を超えている。抱き寄せる行為だってそのためにしているようなものだと堂々と言われては何と返せばいいのだろう。あなたは私の何だ、と。

「そうねぇ……敢えて言うなら、刷り込みかしら」
「離れられなくするためなら逆効果だと思うんですが」

好意を受け取るならもっとスマートなやり方で来てほしい。無下にはしないから。そうやってそっぽを向けるのもある程度確信があったからだ。
挨拶代わりのほっぺちゅーだって、手を腰に回す抱擁だって、愛しい目を向けた頭の撫で方だって。全部全部、落ちてしまう要素の一つになり得るって分かっていながら。

「そういう名前ちゃんも、充分ずるいと思うわよ」
「私、紫さん相手なら受け身になろうって決めてるんです」

だってこれだけ好かれておきながら調子に乗ったら玉砕だなんて格好悪いじゃないか。それこそ笑い者だ。流さんに情報拡散されてコトサカちゃんの口癖になってしまう。
ちゃんと愛されてるんだって言葉はあなたの口から聞かせてください。それまではただ、
適度に照れる気分の良い女を満喫するんですから。
でも、それも今回で終わりかな。さあちゃんと好きだって言ってくれるのかな、それとも私の勘違いで失恋?

「最後、お願いします」

切り札、誤魔化す準備はもう出来ている。はじまりもおわりも涙を流す演出で、綺麗に笑うあなたの吐く言の葉を飲み込んでみせる。



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