紫さんから渡された四角い箱が私の手の中に来たときの音。カラカラと揺れる中身の正体は裏面を見て判明した。チョコレートと書かれたお土産に一気にテンションが上がる。今まさにその気分だったと言いたげに、身体がチョコレートの甘さを欲していた。
断りを入れてから包装のリボンを解く。開けるときの楽しみに心が躍り、彼もまた「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいわ」と笑っていた。だって好きな人からのプレゼントだ、とは言えず。
紫さんの微笑みと一緒に私は大粒のチョコレートを摘み上げた。カリッ、と前歯で割ってみたら中からは甘酸っぱい香りを漂わせるストロベリー。切なさを思わせるような組み合わせに苦しくなるが、「美味しい?」と聞かれるので頷きながら残りも放り込む。まさに溶け込む感覚だった。
「美味しかったです。ありがとうございます、紫さん」
4つ入りのチョコレートを彼にも差し出した。今まさにどうですかと問い掛けようとしたところで、紫さんは頬に手を添えながら優しく紡いだ。
「良かった。それ媚薬入りだから」
「……ん?」
私は聞き間違えたのだろうか。いやでもしっかりあの単語が聞こえてしまった。思わず彼と手元を見比べてどうか間違いであることを祈る。一歩、紫さんとの距離が埋まる。
「効果、出るといいけど」
「え、あの、は?」
「危ないから箱は置いておきましょうね」
止める暇もなく再び彼の元へ戻っていった元凶。手袋越しに触れられたままずるずると逃げ腰で居たら、終着は壁と紫さんの間だった。まだ味の残る舌では打開策も弱く、雰囲気に呑まれそうな予感が消えてくれない。
「こんなのおかしいです!紫さん、ちょっと待って……!」
「あら、足りない?」
そう言ってまた一つ投入される惚れ薬。紫さんが箱から摘み上げたのは平べったいハートのチョコレートだった。
どうしてそれを選んだのか、なんて小さな好奇心を今暴くことは出来ない。見せ付けるような含み方にきゅうと胸が締めつけられる想い。
「んっ……!」
口内で溶かされたそれが器用に私の中に流し込まれる。紫さんの舌から、甘い唾液と混ざり合った音が私の脳まで響いてひどく扇情的だった。
どくんどくんと動く心臓の音がうるさくて、ようやく離れた私を見る目が歪められる。
「とろんとしてて、気持ち良さそうな顔してるわね」
多分これはただのチョコレート。何の変哲もなくて、可笑しいのはそうだと信じ込んでしまう私の方だ。
甘さに酔いしれてしまって指摘を覆すことが出来ない。睨む私をフッと笑った紫さんが、
その薄く色の付いた唇で首筋を噛んだ。
「……、あっ……」
ちくりとした痛みについ声が出てしまったが、そのおかげで吹っ切れた。吐いた言葉からはまだ彼から盛られたあれの香りがするけれど、罪があるのは自分の方だ。
「……プラシーボ効果……」
「自覚あったのね。ざーんねん」
「でも、すごく、効果覿面ですね」
そう来るとは思ってなかったみたいで、紫さんは稀に見るきょとんとした顔になっていた。
いつも潜めている気持ちを表に出すのは初めてだったから、こんなことをされたら私も
頑張らないわけにはいかない。背伸びをして、強請るように紫さんの首に手を回す。
首を少し傾けて甘えるような態度も、自然と私を強気にさせていた。
「小細工なしで、いいです。どっちにしても紫さん相手なら、嬉しいから」
「ずいぶん煽るようなこと言ってくれるのね。いつもこう素直なら可愛いのに」
「気持ちいいなんて、恥ずかしくて言えないです」
誘うのは初めてだった。いつだって紫さんに流されてばかりだと注意されるけど、本当はすごく嬉しいのだ。彼は私のことをよく見ているからって、甘えてばかりいたからごめんなさいの気持ちと合わせて、今日は好きの気持ちをたくさんぶつけよう。
「今は?」
「チョコレートの力を借りてるだけですから、明日には忘れてください」
今日限定の私、甘酸っぱいぐらい恥ずかしい台詞も密かに隠しているんです。
答えはもちろんイエスで回された腕にぐっと抱き寄せられた。完全にスイッチが入ったのはお互い様なのに、どうして彼はこんなにも妖艶になれるのだろう。悔しいぐらい格好良いだなんて、決意したのにもう口を噤んだ。
「それじゃあ、飽きるぐらいたくさん言ってもらおうかしら」
ああ、チョコレートがまだ足りない。