K | ナノ




薄く広く繋がった私達の関係はネットを飛び出して真夏の太陽に照らされていた。
誰が誰だか分からない砂浜の上には老若男女問わず、まあ圧倒的に若者が多いのだが、外の会合にまんまとくっ付いてきたリア充共を見るのは目が痛かった。

「それで、あの人は来ないってどういうことですか。約束が違うじゃないですか」
「やーね。私だって来たくなかったわよ」

パラソルの下で日焼け止めを塗る紫さんに愚痴を零す。私はと言えば水着の上から着ているパーカーの袖を捲ったり伸ばしたりを繰り返して、綺麗な海を前に早くも帰りたいモード全開だった。

「それに、流ちゃんはどこかで見ているはずよ。そういう人だから」
「こうしている会話も聞いていて後で小言聞かされるんですよね。やだなぁ」
「二人とも、仕事を忘れるな」

太陽の光に照らされた彼女の髪は青い海にとても映える。やる気のない私達を叱咤するために歩み寄ってきた道反ちゃんのことを狙う輩は多く、さっきからビーチの男共の視線を一人占めしていた。
それもそのはず、今日の彼女はいつもの忍者コスプレではないからだ。面積の少ないビキニがとてもよく似合っていますねお姉さんと答えたら殴られた。

「溶け込みながら有力な情報を集めて来いって言うんでしょ」
「分かっているなら早く行け」
「紫外線は天敵なんだけど」

真面目に仕事をこなそうとする道反ちゃんだけど、果たして本当にこんなことをして意味などあるのだろうか。緑のクランズマン達に一斉に流されたメールは、指定した日時に集まって楽しもうと言う建前所謂オフ会のようなものだった。
まんまと引っ掛かった若い男女のはしゃぎぶりが眩しくて近寄りたくもない。出会い系か何かと勘違いしているんじゃないかと目をギラギラさせている人達、問題なく終わらせるためにと強制参加の私達の任務の一つでもあった。

「あ、道反ちゃんまたナンパされてる」

男と言うものは水着姿の金髪美女がいたら声を掛けなければならない使命感でもあるのだろうか。
相手にしていない道反ちゃんは男を投げ飛ばすぐらい可能なのだが、今日の私達はそういう目的で動いているわけではないのだ。易々と正体を明かすわけにはいかず、他の若者と一緒にはしゃいで遊び回ることも許されている潜入捜査だ。
しつこい男に苛々している様子が見て取れる。それまで黙っていた紫さんが静かに立ち上がると、「しょうがないわね」と言いながら陽の下に出た。

「……行くんだ」

少しばかり意外だった。多分気まぐれと言うか、男側に説教でもするつもりだったのではないだろうか。
スマートさに欠けた男は尻尾を巻いて逃げていき、今度は代わりに見つめ合う二人に羨望の眼差しが集まっていた。美男美女の絵になる光景を眺める私はぎゅうっとパーカーの裾を握りしめた。
中に着ている水着を隠さなければ歩けない私とは違って、皆堂々と肌を晒している。私には信じられないのだが、彼女達からしたら私の方が異端なのだろう。見せてもいないのだから褒めてくれるわけがない。紫さんが道反ちゃんのことを心配している声に胸が苦しくなる。
こうして一人突っ立っている私は絶対安全で、嬉しいはずなのに惨めになったので、その場から離れることにした。

砂のついたビーチサンダルを履いたまま適当に歩いて見て回る。いつの間にかグループはしっかりと輪を形成されていて、男女でバレーをしたり愛を語り合ったりで非常に満喫しているようだ。
本当ならば、私達がそうするべきなんだろう。肩を寄せ合う男女の片方になって有益な情報を引き出す。そういうやり方を忘れていたわけではない。私はサボりが格好良いと粋がるガキと同じで気取っていただけだ。実際は誰にも相手にされない寂しい女。好きな人もそりゃあグラマラスな女の方に行っちゃうよね、そりゃ。

「ねえ、一人?」
「……タイミング悪い」

モテなくてむなしい発言をしてからこの始末。焼かれた肌とピアスが目立つちゃらちゃらとした風貌の男が立っていた。生憎と仕事をする気分ではなくて、私は断り文句を考えていた。
無視してればどこかに行ってくれないかな。それともストレートでいいかな、と見つめていた目に勘違いされたらしい。男はしっかりと私の肩を抱き、無理矢理歩き始めた。

「良かったら向こうで遊ばない?皆で楽しもうよ!」
「えっと……」
「ほら早く!」

どうしよう。むしろこのまま仕事に精を出すのもありのような気がしてきた。
そうだよね、一回しか会わない人達だし暑苦しいこのパーカーも脱ぎ捨てて情報収集を、と思ったところ、透き通った声が私達の間に入ってきた。

「ちょっと」

ゆっくりと振り向いた先で待っていたのは、私の思い人ではなかった。

「その人、僕のこと待ってくれてたんですよ」

優しく笑う男の人が困ったように私のことを指差せば、チャラ男は簡単に離れていった。
人のものには興味がない、奪うほどの情熱は持ち合わせていない。あーあと残念がる素振りを一応見せてから消えていった背中はもう見つめることもなく、私は一応助けてくれた男の人に頭を下げた。

「突然すみません」
「いえ、ありがとうございます」
「そうだったらいいなぁって思ってて」
「え?」

照れ臭そうに笑う男の人は少し頬を赤らめていた。私の顔からは目を逸らして、必死に言い訳をしながら最後はこう締めくくる。

「実はさっきから声を掛けるタイミングを伺ってたんです。寂しそうな横顔が気になっちゃって」

なんだかとても申し訳なくなった。だって私は、相手にされない可哀想な役割で、助けてもらうシチュエーションに憧れて勝手に惨めになっているだけなのに。
寂しいって言う資格なんて、ないのに。

「ほら、悲しいことなんて泳いで忘れましょうよ!良かったらパーカー預かりますんで、」
「私の連れに何してるの?」

急に強引になった彼に肩を掴まれてぐいぐいと連れて行かれる瞬間だった。さらりと私達の間に割って入ってきた髪の色で分かって、紫さん、と縋るように名前を呼んだ。
多分紫さんは怒っていて、その迫力に負けた一般人の彼は彼氏がいる子に手を出してすみませんでしたという感じで去っていった。あの人には悪いことをした。そう思っていたら、こちらを振り向いた紫さんがさっきの彼へ「……余計なことしてくれたわね」と呟いた。

「待ってください。あの人は私を助けてくれただけなんです」
「見ていたから知ってるわ。だから言っているの」

ピンと伸びた人差し指が私のパーカーの上で踊る。悩んだように迂回をしてから、もう一本増えた指でチャックを下げていく。普通ここは逆なのではないだろうか。自信がなくて見せたくなかった水着姿がちらりと見えたところで、彼は離れていった。

「名前のことは私が助けようとしていたのに」

それだけ言ってから、紫さんは歩き出した。私が後を追えば彼は「海、入りましょう」と
貸し出しされている浮き輪を取ってきた。観念した私は初めて紫さんの前でお披露目をしたけど、水の中に入ってしまえば関係なかった。口数の少なくなった紫さんへちゃぷちゃぷと弾ける音に掻き消されないように問う。

「紫さん、どうして?」
「二人っきりになりたかったの」

嘘だとは言えなかった。浮き輪ごと私のことを抱きしめた紫さんが、私の肌に口付ける。
しょっぱい液体と一緒に鎖骨辺りをぺろりと舐めた彼に冗談ではないと悟る。
本当?と聞いた私に彼は悪かったと言わんばかりに眉を下げた。

「先に補給しておこうと思って」

一人で拗ねていた自分がばかみたいだと思った。遊びに来ているわけではない。仕事だと割り切って突撃していれば良かった。

「でも道反ちゃん一人に任せておくわけには行かないから、戻ったらちゃんと仕事をするのよ」
「……紫さんも?」
「ええ、もちろん。私が他の子に話し掛けていても妬かないでね」

紫さんは美人だから男女問わず関心を持てて警戒心が薄れそうだ。
任務には適任だが私としては面白くない。先手を打たれて、誤魔化すのはとても面倒になっていた。

「難しいと思うので視界に入れないようにします」
「あら駄目よ。ちゃんと私の目の届く範囲にいてくれなきゃ」

そうやって期待させるようなことをして、本当にずるい。水も滴る良い男が今度はさっきより下の私の心臓に近い場所にキスをする。腰に回された感触は彼の掌で、オネエだなんだと言いながらも結局は彼を意識してしまう私が一番危険だ。
今すぐ彼のものになりたいだなんて、ここで言ったら嫌われてしまう。

「連れ去られちゃ堪らないもの」
「海って怖い」
「どうして?」
「公衆の面前でも紫さんといちゃいちゃしたい」

二人で遊びに来たいですって言ったら、そうねと笑い掛けてくれた。頭を撫でて髪を掻き分けた箇所にリップ音、お返しをと頬への口付けを許してくれた肌と肌が触れ合う感触に内部から熱くなる。

「帰ったら可愛がってあげるから」
「私にも色気があったら一発で終わるのに」

早く任務を完了させなければと別の意味でやる気に火がついた私は、浜辺に戻る途中で紫さんにそんなことを零した。お前には無理だとかそういう返しを想像していたので、彼のマジ切れ顔を見て正直引いた。

「そんな手を使って口説き落としたら許さないわよ?」
「……はーい」

愛されてるなって説明されたのは本日の夜のこと。嫉妬って恐ろしいなって思ったけど、海の力ってことで一夏の思い出にしてしまおう。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -