K | ナノ


季節は秋、それを言い始めた紫さんは暇潰しのように窓の外を眺めていた突然の閃きだった。
あ、と彼が放った言葉に顔を上げた私はアプリゲームをぼんやりと行っていた。

「ねえ名前ちゃん、高校は卒業したのよね?」
「いつの話をしてるんですか。今年の3月に葦中学園をちゃんと卒業しました」

学校が終わったら着換えて来ていたので彼らの前で制服姿を見せたことはなかった。高校生と言う武器で彼らの隣に並ぶのが何となく嫌だったからだ。それも手段の一つですよと流さんは言うけれど、現実問題色々と面倒臭いことが多いのだ。
あの特殊な学園の制服なら尚更隠れ切ることが難しい。いっそ私服で大学生ですが何か、と白を切る方がずっと楽だ。

「ちょっと提案があるんだけど」

良い笑顔だった。紫さんは美人だから様になるけれど、悪いことを考えてる顔にしか見えなかった。
そして私はそうと分かっていながらも、他でもない彼のお願いには逆らえなかったのだ。

「制服で?」
「だって見せてくれたことなかったでしょう?」
「必要性を感じません」
「需要には答えてほしいものだわ」

ねえ、と紫さんは何故か善意のある返答を期待出来ない彼らへ話を振った。正確には一匹と一人だ。
道反ちゃんはクールで求められたことに応えるタイプの人間だから優しい言葉を掛けてくれると思ったが、現実はそう甘くなかった。

「別にそうは思わないが、好きにすればいい」
「セイフクーセイフクー」

コトサカちゃんに到っては言葉の前にセカイと付けたいぐらいだった。これのどこが需要があるのだと言うのだ、とジト目で紫さんに抗議すれば彼は心外だと言うように「あら」と私に近付いた。
耳元で私だけに聞こえる声で極上の持ち上げ方をするものだから、私はもう着てくるつもりになってしまった。

「私だけが望んでいることでも物足りないの?」
「い、いえ!頑張ります!」
「そんな気張る必要ないわ。まだまだイケるでしょう」

その時の私は大丈夫だと胸を張った。たかが半年前に着ていた制服を着こなすことなんて簡単だと思っていたからだった。現役の姿を見せることはしなかったが、化粧もばっちりの今なら平気だろうと最高の姿を見せてやろうと意気込んでいた。
翌日、私は早くも後悔していた。家を出る前では良かったのだが、街中に出るとそういうわけにもいかなかった。誰か知り合いに会いやしないだろうかと早歩きですり抜けていく。
女子高生のときのミニスカートがこんなに恥ずかしいことだとは思っていなかった。ハイソックスでは隠し切れない足が嫌で眠っていた二―ハイソックスを履いてきたが、それも時間が経つにつれてよりコスプレ臭さが増していることに気付きタイツを履いて来れば良かったと帰りたくなった。
お店に寄ることも嫌になり、私はそのまま彼らのいるビルへ入っていった。ようやく建物の中に入れたことに安堵していたら、なぜこういう時に会ってしまうのかと顔から火が出そうになった。

「おや、どうしたんですか」
「な、流さん……」

昨日の会話を聞いていなかったのだろうか。どこにいても筒抜けのイメージがあったが、それもすぐに払拭されていく。ほうだとかうんだとか品定めする目に行き場を失くす。

「私は良いと思いますよ。さあ、早く紫に見せに行きなさい」
「は、はい!」

解放されたと思った。バッと頭を下げて、私はダッシュで彼の元から離れていく。実はと言うと流さんには見せたくなかったのが本音だ。あの人は何を考えてるか分からないし、こんなくだらないことでも弱味と称して握られてしまいそうだから。
私の検討むなしく、本当にそうなっているとは知らずに。

「あんな風に恥じらわれると、どうにかしたくなりますがね」

彼女の予想通り、知られないように動画と写真に収めていた緑の王はそれを厳重に管理されているデータフォルダに仕舞っておいた。





「紫さん、こんにちは」
「約束守ってくれたのね」
「コスプレ―。名前、コスプレ―」

ひょっこりと顔を覗かせたら、部屋には紫さんとコトサカちゃんがいた。イスに座って足を組む姿も優雅な紫さんと、その上を飛び回るコトサカちゃん。
また妙な言葉を覚えさせてしまったと思うが、訂正はもう効かないのでそのまま泳がせておいた。ひらひら揺れるスカートの裾を翻す様を見せ付けながら彼の元へ。

「私が紫さんのお願いを聞かないわけないじゃないですか」
「可愛い。こんな格好で通ってたのね」
「今も余裕かと思いましたが、全然駄目でした。着換えを持ってこなかったことに早くも後悔です」

褒められてつい居心地が悪くなる。早口で逃げ道を作る私への目付きが鋭いのは何故だろうと聞けずにいる。

「なら帰りは私が送ってあげるわ。デートしましょう」
「嬉しい提案ですが、見られたらそれこそ恥ずかしいのでご遠慮させてください」
「釣れないわねぇ」

地元での目撃情報は侮れない。それは私がここに通い詰める間も気を付けていたことだ。
女子高校生をステータスだと考えている輩とは違う。私は本気だから、余計な茶々が入ることは許せなかった。こんなに素敵なこと誰にも邪魔されたくない。
紫さんの雰囲気が、変わった。

「じゃあ誰にも見られない今ならいいのかしら?」

引っ張られて、一気に距離が詰まった。腰を掴まれていつのまにかスペースを開けていた間に入り込まされる。
下を向けばすぐそこに紫さんの顔があって、私の髪が彼の頬に触れている様がひどく、扇情的だった。紫さんの言葉に顔が赤くなる。内緒話をするみたいに私の頭を撫でたのが合図だった。

「コトサカちゃん、ちょっと用事を頼まれてくれる?」
「ジャマモノ、タイサン」

羽根を広げて行ってしまったコトサカちゃんは実は空気の読める鳥である。野暮ったいこともなくなったし、これで堂々と出来ると言うように紫さんは滑り込ませてきた。耳から頬に掛けて触れてから、まじまじと眺められる。

「本当、この姿を見てると変な気持ちになるわね」
「紫さんでも?」

少し意外だった。そうやって瞬きをしてたら「私のことを何だと思ってるの」と少し拗ねたように呟いた。支えていた腰の手に力が篭り、さっきより呼吸が近くなる。

「そんなこと言う子にはお願いをもう一つ聞いてもらうわよ」

ずるい、本当に。私が今まで紫さんの言うことを聞かなかったことがあるだろうか。これも惚れた弱みだと分かっているからこそ、彼の我儘なら全部言う通りにすると自負している。

「なんですか?」
「先生って呼んでみて」
「……紫先生」
「そこは御芍神先生でしょ」

段々と別の方向に向かってきたなぁと思う。むしろ最初からこういうつもりだったのかもしれない。それならサービスだって彼のためだが、ノリノリな紫さんに少しだけ笑いが零れてしまう。
紫さんが先生で、私が生徒。別世界だったら成り立っていたか分からない構図。

「紫さんは保健室の先生とか似合いそうです。休み時間にはきっと女の子が殺到するんでしょうね」
「嫉妬するかしら」

きっと紫さんは女子生徒の恋愛相談とかに優しく乗ってあげて、格好良いって人気者なんだろう。毎時間遊びに来たり、ずる休みして先生に近付く生徒。紫さんに近付こうと必死な女の子。
多分私だって同じことをするに違いない。紫さんの魅力に気付くのは私だけでいいなんて言えないし、収まるわけがない。でもどうしても行ってしまわないでと我儘になる。指先で掴んだ彼のコート、言って、と音にならなくても届いてしまった。

「……想像だけで、気が狂いそうなほどに」

ゆっくりとした肯定がキスで返ってくる。隠れて付き合っているみたいでドキドキするし、妄想の中で取られてしまった紫さんを引き寄せるようにしがみついた。こんなところを見られたら仲良しじゃ済まされないしすごく恥ずかしいのに、どうしても今じゃなきゃだめだと思ったのはお互い様だった。
あと数秒、数回を繰り返すうちに深い口付けになっていく。動き回る舌に息が上がってきた頃、見兼ねて離れたのは紫さんの方だった。

「……っん……あっ」
「いけない、歯止めが利かなくなるところだったわ」

余韻に浸る彼は美しい。まだまだだなぁと口元を拭う私の頭を優しく撫でて「ごめんなさいね」と言うものだから、ミーハーめいたファンに渡してなるものかと私は再度、彼のお誘いに乗ったのだった。

「紫さん、やっぱり今日、送ってもらえますか」
「勿論」




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