少しばかり控えめなノック音に目が覚めた。重い身体を引き上げるように起きてみたがぐわんぐわんする頭のせいで確認する術まで信号を送ることが出来なかった。
小さなSOSが聞こえたみたいに侵入を試みたのは思いもよらない人物で、彼もまた私のことを見てぎょっとしたようだった。
「ムッ!重症そうではないか!」
「……東堂?」
見間違い、聞き間違いでなければ私の部屋にいるのは東堂だった。気遣ってくれてかドアを静かに閉めるまでは良かったのだが、それから先は焦りがこちらにまで伝わってきて忙しなく感じた。
最も、ボーっとする頭ではそう見えただけに過ぎない。何か持って来てくれたのだろうか、音を立てるビニール袋が置かれて、東堂が私のベッドサイドまで寄ってくる。
両頬を掴んで上を向かせてからそっと額に手を添えて唸る。ああ東堂だ、と私は幻でないことを知る。
「なんで、ここに」
「いいから寝ていろ」
「よくない」
私の身体を布団で覆ってから一度は離れていく。またガサガサと揺れる音以上の声を発する元気はなく、大人しく戻ってきてくれるのを待つ。
ほら、とコップに入った水分を含むように言われてまたゆっくりと身体を起こしたら、「起きるな!」と怒られた。いや無理だろう。
「どうやって」
「ん?女子寮にか?こういうとき美形は得だな!ちゃんと理由を話して入れてもらったよ」
「そっか」
口数が多い東堂を見ていると安心する。なんだか、私はまだここにいるんだなって。後輩の不思議ちゃんみたいだな、と一人でしゃべり続ける東堂を眺めていたら、ふと我に返った彼が私から空のコップを取り上げた。
厄介な風邪ではないだろうな、と睨まれたのですぐに治るよと頷いておく。
「こら、ちゃんと布団を掛けろ」
「だって、暑い」
朝からずっといたからすっかり篭っているような気がした。頭まで掛けようとする東堂へ最後の抵抗をして隣へ脚で寄せる。素肌が空気に触れる感触がして気持ち良かった。
「お前はなぜ制服で寝ているのだ?」
「学校、行こうとして」
「自己管理が出来ていないな。治ったら説教をしてやろう」
「やだー」
スカート皺になっちゃうかな。まさか捲れていないよね。まあいいか、中にちゃんと穿いてるし。あれ、大丈夫だよね。
シーツに擦れた素足が熱を持つ。心地良い場所を探して身体を捻り、黙ってしまった彼へ全部を向けたら、もう怒っていない様だけど、どうしたのかな。
「……東堂、移った?」
「なっ、何がだ!?」
「顔、赤いから」
申し訳ないけど気になったので近付いてみたりする。当たり前のように下がる彼を一定以上追い掛けることが出来なくて不満気を表に出す。あーでもないこーでもない、一人で葛藤する意味が分からなくて微睡んだ目で見つめ続けた。
「いや、そのままでは寝にくいだろうと思っていただけだ!」
言い切った東堂が勢いのまま立ち上がった。宣言してるみたいで面白いけど、笑い声は乱れた呼吸に変わってしまった。東堂の気が変わらないうちに、掠れた声でもちゃんと伝わるようにしなきゃ。
「じゃあ、一緒に泳いでいく?」
汲み取った彼が分かりやすく表情を崩した。溶けてしまうぐらいに没頭できればこの風邪もどこかへ行っちゃうかもなんて妄想に過ぎないだろうけど。
「冷たくないけど、東堂がいれば」
「……余計に熱くなるだろうが」
そして東堂の元へ住み着いてしまったら元も子もない。添い寝ぐらいだったら許してくれるかなって思ったけど現実はそう甘くないようだ。
背を向けた東堂の見えないところで渋々素足を仕舞えば、自身に打ち勝った彼がよし、と冷えたそれを持って来てくれた。ソルトアイス、ますます海に近付いた。
「これでも食べろ」
「あーんしてくれる?」
「お安い御用だ」
治ったら、よろしくお願いしますね王子様。
軽口を叩けるようになった私への微笑みがひどく優しいものだから、私は泡とならずにここで彼と結ばれたい、そんな感傷的な気分だった。