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話し掛けても上の空なんてしょっちゅうだし、たまに聞いていたと思ったら鋭い指摘ばかりで全然可愛くない。怒る私に真顔の相手。喧嘩友達の延長みたい。
もっと興味を持ってほしい、普段の遙にはそう思ってしまうが、何故だか泳いでいる時の彼には、不思議とそういう感情は浮かんでこない。
水の中で生きている方が自然に見える。楽しそうで、気持ちよさそう。陸地になんて行きたくないと駄々をこねそう。でも、それって昔の小さいときの遙かな。大の男で想像したら結構シュールで私は声に出して笑った。水飛沫の上がる音に弾かれて、私の様子は彼には届かない。
水の中にいるときは気にしてほしいとは思わなかった。邪魔をしたくない。せっかくの対面なんだから。泳ぎたいと思いを馳せるときの彼には私のことを見てよ、と怒るけれど、魚のように流れる遙には私など不要。それが事実。寂しいけれどしょうがない。だって、一人で泳ぐ彼に群れはいらない。
それでも、私もああやって夢中になれたらな、と。泳ぐのは苦手な私にとって彼に合わせることは出来ない。一緒に海やプールに行っても見ているだけ。彼は1人で黙々と泳ぐだけ。


「……なりたい」


あなたを繋ぎ止められる存在には、どうやったらなれるのだろう。
光る滴。抱えていた脚に水が跳ねて、私は顔を上げた。キラキラと光る水面から顔を出した遙の音だと気付いたのはいいが、その理由にまでは頭が回らなかった。きょとんと瞬きをする私の顔を凝視していた彼は、おもむろに手を伸ばす。
受け入れることも拒絶することもそのときはまだ出来なかった。戸惑いから覚めたのは、彼が両手で私の身体を持ち上げ、そのままゆっくりと歩き出した頃だった。


「ちょっと、何をするの遙!」


素足を濡らす透明な液体。その中にダイブなんてさせられたら冗談じゃない。そんな意地悪を遙がするとは思えないが、なんせ彼の言動は読めない。落とさないでと暴れながらもぎゅっと彼にしがみつく。今まで彼を冷やしていたものが私に移るみたい。


「おい、当たってる」

「そんなことどうでもいい!」


遙の頭を抱え込む。お願いだから私の考えているようなことは止めてほしい。
耳元でキンキン騒ぐ私を余所に、遙は涼しい顔で私の胸辺りに顔を埋めた。


「……汗の匂い」

「それは嫌だ!」


女の子としてそれは最悪なことである。慌てて距離を取ろうとしてバランスを崩して、力強い腕に引き戻される。まさに間一髪で、私は未だ足しか触れていない。
抱え直されて、遙と目を合わせる。ビー玉みたいな瞳は期待に溢れるように揺れていた。離れられない水の中に居られて、彼の心はもう満たされているはずなのに。


「名前」


長い指が前髪を掻き分けてくれたとき、私の身体が傾いてしまった。
あっ、と言う声が吸い込まれて遙の唇が受け止めてくれる。ゆっくりと刻まれる時間と呼吸。
背中に戻った手の温度と私の身体の熱は同じだった。青の中心に赤。じりじりと焦がす心臓。


「今度、一緒に泳ごう」

「ちゃんと教えてよね」

「名前の出来次第だな」


口に出掛けた文句を仕舞われる。丸い水滴を額にプレゼントされて、笑いながらまたゆっくりと歩く。プールサイドに戻された私を置いて彼は最後にもう一泳ぎ。
まったく、気を使うことが出来たと思ったらやっぱり変わらず水泳バカじゃないか。でも顔がニヤけてしまう私も相当の遙バカだし、溺愛している。


「遙ー大好きだよー」


聞えていないなんて私の思い違いだったのかもしれない。途端にフォームを崩した彼を見ながら大きな声で笑う。怒った遙が水を掛けてきて、私もそれに対抗して、結局全身濡れてしまったが今日はこれで良いと思った。
次は制服ダイブかな、そう冗談を言ったら遙に止められてしまった。
甘いね遙。そのときはもちろん君も巻き込むよ。



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