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どっぷりと被ったような感覚がしたので、嫌なものを強引に拭い去った。乱れた息と無我夢中で逃げ込んだ生徒会室の鍵を落ち着かせてから確認する。
これ以上回らない錠にようやく吐き出した安堵の溜め息。同時に、見えた袖の色にさっきの記憶が蘇る。素肌を触られているようで寒気がして、私は着せられたジャージを脱ぎ捨てた。
床に叩き付けられた上着はソファーの影になり私の視界から姿を消した。頭が痛い。下着姿で震えるより先にそう思った。ぺたりと濡れた前髪の水気を絞る。それほど焦っていたのかと自嘲するけど、今度はずいぶんと執拗だった。


「……気持ち悪いなぁ」


交換と言いながら無理矢理押し付けられたジャージを着ていろなんてどんな性癖だと舌を出す。恥ずかしい姿だろうと、どうでもいい。普通科の私を狙う記者なんていないし。
生徒会室になら何か置いてないかなと立ち上がる。手当たり次第に漁ったら、怒られちゃうかな。そう思いながら止める気はなかった。一つ目の棚の戸に手を掛けたとき、鍵の開く音がした。


「あ、やっぱり〜」


身構えて、彼の言葉通り迂闊だったのかと思った。隠すものはなく、誤魔化すように髪を梳く。今授業中だよ、なんて正論は通じない。


「白木、今のどういう意味?」

「あはっ。聞いちゃう?」


何のために鍵を開けたのか。睨みつける私に肩を竦めながら後ろ手で器用に施錠をする。
彼相手に危険を感じることはないのだが、残された羞恥心がまっすぐに見据えられない理由だった。
白木はそれを分かっている上で穴が開くほど見つめてくるのだから根性が悪い。女の子の敵だ。


「絡まれた名字を助けるために参上しました」


よいしょ、と言いながら彼は一度手錠を外した。それから着ていたブレザーを脱ぎ、私に選択を求める。


「どうぞ?」

「……ありがとう」


白木はすべて知っていた。私の現状も抱いている感情も。その上で最終的にどうするかは私に選ばせてくれる。と言ってもこの状態で意地を張るのもどうかと思うわけで、私は黙って白木のブレザーに袖を通した。
まあそうするよね、と言いだけに羽織る姿を見ながら白木はまた手錠を嵌めた。


「それ、いい加減止めたらいいのに」

「名字も、いつまで従うつもり?」


痛いところを突いてくる奴だ。堂々とソファーに身体を沈める私の隣に並んだ彼からの追及を逃れようとする。
私が大人しくしていれば済むことだから、と何度も言っているのに。


「オレが助けてあげるって言ってるのに」

「学園一の問題児が味方って頼もしいですねー」

「はぐらかすな」


たまたま、普通科の私が芸能科にも友人がいて。そうしたらそれを良く思わない人達に目を付けられて、あれよこれよと雑用みたいなことを強要されているだけ。今回のはちょっと特殊だったけど。
でもこんなこと今までなかったから大丈夫。次からは気を付ける。


「写真撮られたりしなかった?」


ぞくりと身の毛がよだつ。背を向けていたとしても着替えたのは事実で、思い出そうとしても確実なことなんて分からなかった。カラカラに乾いた唇を舐めて、白木の目線が落ちたジャージに向けられていることに気付く。戻ってきたように流れて、当たり前のように彼は聞く。


「そいつの特徴教えて」


白木に任せればこんなことはもう無くなるのかもしれない。でも同時に、私の元からも消えてしまうものもあるのだろう。情けないことに、私はそれが怖かった。


「名字」

「友達だから、頼れない」


こんなときばかり助けを求めてしまったら、私はもう彼なしでは生きていけないような気がする。
そして私をからかう輩もそう言うのだろう。友達として接してきたつもりでも、他の人から見たら雲の上の存在だ。羨ましくて、嫉妬もして、好き勝手に、


「オレを利用しなよ」

「……っ」


なんでそんなことを言うんだ。白木はずっと私のことを気に掛けてくれている。何度も何度も、私に答えを尋ねる。
一人になったら、傍にいてくれる。それはもう友達の域を越えてしまう。


「それとも、別の守り方でもいいわけ?」


白木はずるい。私がどんな思いで彼を頼らないか知っているみたいだ。好きな人には格好悪い姿なんて見せたくない。だって私と彼は住む世界が違うから。
だから、友達だけで十分だって言い聞かせてきたのに。


「オレの恋人って肩書きも捨てたものじゃないと思うけど」


そうやって簡単に私を抱き寄せる。線の薄さを感じさせる白いシャツが映って、私はこんな風に最初からなりたいと思っていた。描いていた理想とは程遠く、涙にならずに溢れてくる嗚咽は結局私一人じゃどうにも出来なかったと言う情けなさだった。


「ごめん、ごめんねっ……」

「うわ、オレフラれちゃったー?」

「ちがうけど……!」


だよね、と白木が笑う。すっぽりと私の身体を閉じ込めてあやすようにゆるい口調で言った。


「もう心配しなくていいよ。ってか名字今も一人だし」

「うん」

「オレ達とー、あと数人しか友達いないし」

「うん」

「何かあったら泣きついてきていいよ」


臣も要もいるし、十七代目とかとも知り合いなんでしょ、と共通の名前を挙げる。
らしくない。ぼろぼろになった私を安心させようとしているのだろうか。
下がりきった眉を見せれば、白木はやっぱり楽しそうに笑っていた。


「まあ、最後に助けてあげるのはオレだけどね」


好きだから、なんてさざ波のように自然に言わないでほしい。
信じられないぐらい嬉しいのに、上手く返事が出来ない。



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