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男と言うのはやはり単純なものであると何も気付いていない彼女に知らしめてやりたい思いで、悪い冗談だと付け加えた。

長い手足を投げ出して微動だにしない女の子を見つけたのは、偶然にも体育の授業中であった。
初夏を感じさせる日差しの中でのマラソンは苦痛であったが今日の課題を稼ぐにはちょうど良く、ついでとばかりに皆が汗を流している最中だ。
ベンチの背凭れに寄り掛かる姿が目に入り、僕は規則的にトラックを走っていた輪の中で立ち止まった。後ろから抜かしていくクラスメートに名前を呼ばれ、適当に理由をつけて抜ける旨を伝える。
あの子の具合が悪いのなら、助けるのは僕でありたい。そんな思いから足早に向かっていたら、今更になって汗がうっとおしくなってきた。


「……あれ、梓くん」


太陽の活動する声に紛れて聞こえた雑音に名前が視線を向けた。一生懸命走ってきたことは伝わってほしくなくて、僕は彼女の不審に揺れた視線の前で強引にそれを拭い去った。
具合が悪そうに見えたが、実際はただ憂鬱だと言うような溜め息を吐きながら姿勢を起こす名前の膝の上には、見慣れたスケッチブックが乗っていた。まったく色の引かれていない紙を見ていたら、彼女が愚痴を零し始めた。


「こんなに暑いのに外でスケッチとかありえないよね。もうやだ、溶ける」

「不健康そうな名前は少し汗を流した方がいいんじゃない?」

「なら、もっと別のことがいい」


何を示しているかなんて一致するわけがない。それでも僕は彼女の物言いに要らぬ妄想を巡らせてしまうし、晒された肌に身を焦がす。名前がやる気のない様子で膝の上から唯一の防壁を退かしたときは頭が痛くなった。
真夏の悪夢だ、と夏服になったばかりの彼女の無防備さを恨む一方で、やっぱり期待もしていた。


「もう少し隠した方がいいんじゃない?焼けるよ」

「堪えられないから無理」


衣替えをしたと言ってもまだ気温の落差が激しい時期だ。登校するときの彼女は夏服の上からカーディガンを羽織るスタイルだった。エアコンをつける教室でも身に纏い、露出を控えていたというのに、どうしてこういうとき煽ってくるのだろう。
彼女にその気はなくとも、女子生徒が極端に少ないこの学園では気を付けた方がいいと再三注意していると言うのに。カーディガンを脱いで男子よりも細く白い肌を見せ付ける瞬間に息を飲む輩、自分を含めて、そんな単純な思考の持ち主がいることを、名前は全く分かっていない。
ああ、と長い息と一緒に伝う汗が下降する。その流れ方を見つめている僕にも名前は気付いていなくて、本当に、心配になるから。


「何だか、情事のときみたいだね」


そのとき初めて、熱さが吹っ飛んで現実に戻ってきたような顔になった。微睡みに似た瞳が大きく見開き僕のことを凝視している。


「梓くんでもそんなこと言うんだ……?」

「僕も暑さにやられてね」


どう思っているかなんて分からないし、何を抱かれたって払拭できる自信があった。ちょっと色のある口説きの方が彼女には良いのかもしれない。
にこりと笑顔を浮かべてから、ずっと持っていたボトルとジャージをベンチの上に置いた。


「それあげるから、早く終わらせて校舎に入りなよ」


水分補給と日焼け防止だなんて建前に過ぎなかった。自分のものだと分からせるために、他の人には手を出されないように。 それでもきっと彼女はまだ僕の優しさを気遣いだと信じているから、こんなにも分かりやすい軽口をいつだって本気にはしてくれない。


「あ、返すのは二人っきりの夜でいいからね?」


蓋についていた液体が垂れて、ようやく慌てふためく彼女の太腿を侵していく。触れて絡め取ってしまいたい邪な思いを抱く辺り、ああやって僕も溺れているのだなと自覚しているのに、当の本人だけがいつまで経っても自惚れてくれない。
君から強請ってくれる日が来るまで、もう少しだけ我慢してあげる。だから僕はいつだって、悪い冗談だと付け加えて振り回してやりたいんだ。



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