最近山岳がおかしいの、と宮原ちゃんに言われて気付いた。確かに、変だ。
「また名前のことじーって見てる。何かあったの?」
「あったと言えばあったけど……あれぇ?」
これでは立場逆転ではないか。とは言え真波が私と同じ想いを抱いているわけはないのだが。
あいつも大層分かりやすい。不審がる宮原ちゃんが可哀想なので私は「ちょっと聞いてくるよ」と行って彼の元へ向かおうとすれば、「私も行く」と同行を申された。これでもう後には引けない、真波が口を滑らせたら私達の関係は、もう。
「……やっぱり、まだ怖い」
山岳が怖い?と繰り返す彼女はまだ何も知らない。
「また来ちゃいました」
「他ならぬ名前ちゃんの話ならいくらでも聞くぞ」
歯を見せて笑い掛けてくれたのは東堂先輩。真波の部活の先輩で、真波のことをよく知る人物。
とても後輩思いで、大して関りのない私の話も聞いてくれる優しい人だ。
「いつもありがとうございます」
「何の!ファンは大事にせねばな!」
「あー……ソウデスネ」
私いつから東堂ファンクラブに入ったんだったけかなぁ。それも東堂先輩公認だし。
「またするか?恋愛相談」
「……はい」
言葉にされるとつい頬が熱くなる。東堂先輩は優しいから、こんな風に簡単に気を許してしまう。
愛とは美しいものだと持論する彼だが、私がこんなにどろどろした汚い感情もそうなのだろうか。
せめぎ合う醜さはもういっそ手放したくなるのに、思う気持ちは全然収まらない。
「もっと楽しい恋愛がしたかった」
ストレートにぶつけて、フラれても諦めないと頑張る。少女漫画みたいにまっすぐであまずっぱい演出は簡単には仕上がらない。スタート地点にも立つことが出来ない私は踏み止まってしまう。
友達を裏切ってまで突き進むことが魅力的には思えないのに、あの人の隣にいるのは私だけだったらいいのにと夢を見る。
「ならば俺にしておくか?箱学一の美形だぞ」
東堂先輩の台詞は口説きにも入らない。女子生徒だけでなく、外部の生徒にもそうやって吹き込んでいるのだと聞いたことがある。この人はぶれないなぁと目を細める。
私も東堂先輩みたいに自分の思いを貫ける人になりたい。
「俺が味方でいてやるのだから、無理はするなよ」
「はい」
ぽんぽんと頭を撫でてくれる仕種にほわんと温かくなる。皆に好かれる気持ちが分かる。
穏やかになれるっていうか、心地良い。
距離が近いのも後輩を可愛がっているのだと彼は言う。それは私も嬉しいし、ドキドキも含めて幸せだと実感している。
「あ、こんなところにいたんだ」
私達を見下ろす真波の表情が少しだけ怖く見えたのは、きっと、思い違いなのだろう。走ってきた真波と東堂先輩が挨拶と会話をしているのをぼんやりと見守っていた。
あ、いつも通りだ。交わされるやり取りに胸を撫で下ろしていたら、突然真波の視線が私を捕らえた。最初から目当ては私だったと言うように、彼が勢いよく私の腕を引く。
「名前、次移動教室だよ。早く早く!」
こんなに強引な真波は初めてだった。まだ時間に余裕があったはずなのにと思いながら離れていく東堂先輩に空いている手でさよならを送る。真波はそこそこの挨拶が許されるのかもしれないが、私のキャラではそうはいかない。
もっと話したかったなと名残惜しむ姿を見られていたなんて、その時の私は知らなかったのだ。
掴まれた腕の痛みも依然として強いままだったから、それが初めて見せた彼の独占欲だったなんて。