こういうときは山に登ろう。肝心の名前は掃除当番と委員会の仕事があるとかで(全部委員長情報)捕まらない。俺から逃げているんだから当たり前かと早々に頭を切り換え、いそいそと支度を済ませる。
ロードレーススタイルになった俺は部活前の貴重な時間を山にあてる。いつものことだ。確か今日は部活前のミーティングとかなかったよなぁ。まあ、あってもこっちを優先しちゃうんだけど。

時間もぴったりだった。走りながら遠くに彼女の姿を捉えた俺はスピードを速めた。胸にノートとペンケースを抱いて前を歩く名前の元へ一直線。反応に送れた彼女と目が合い、息を飲んだような気がした。
ぎゅっと身を守る名前に怪我などもちろんさせやしない。俺にとってはずいぶん距離があると思えたけど、慣れない彼女からしたら風を切る音だけでも恐怖の対象だったのかもしれない。


「やあ」

「ま、真波……」


やっといつもみたいに呼んでくれた。にこりと笑い掛ける俺を見ない彼女は気付いていたようだった。
あれだけ分かりやすく避けてくれては、さすがの俺でも気になっちゃうよ。あのさ、と沈黙を破った俺と身構える名前。


「俺、何かしたかな?」

「……」


声にならない唸りが聞こえてきた。誰かに口止めでもされているみたいで面白くないが、名前は押せば簡単に白状するタイプの人間だ。俯く名前へ自転車に乗ったまま近付けば、思ったよりも彼女の匂いを感じた。


「ねーってば」

「!」

「さすがにその反応は傷付くなぁ」


ずささと後ずさる彼女の鼓動の音が聞こえてくるようだった。体温の上昇と心臓の高鳴りに名前も生きてるんだなぁと置き換えてしまう。諦めずに駄々っ子に扮する俺が追い掛けたら、彼女はようやくストップ、と声を発した。


「分かった、から……落ち着いて」

「うん、了解」


ちょっと悪戯が過ぎたかなと思う。顔を真っ赤に染めてか細い声を出す名前の姿なんて初めてだった。反省の気持ちもあってか、呼吸を整える時間だけは静かに待っててあげる。
やがて、名前はごめん、と一言謝ってきた。その言葉を言うまでに彼女がどんな葛藤をしていたかなんて、その時の俺には知る由もなかったのだ。


「あのね、真波」

「うん」

「友達の好きな人のことを好きになってたら、真波ならどうする?」


真剣な顔でそんなことを聞いてくる名前。俺も大層人の話を聞かないけど、彼女があまりにも泣きそうに見えたので、俺はそれなら求める答えを導き出そうと奮闘する。だが、何せ経験がないもので難しい。こういうとき東堂さんなら頭の回転早そうだなぁ。


「たとえば、二人は幼馴染で私なんか入り込めない空気を纏っていたり」

「俺そういうの疎いけど、時間は関係ないと思うよ」


仲の良い二人が築き上げていたものには適わない。しかし、前提から負けていると考えるのは勿体ないだろう。幼馴染には幼馴染の、クラスメートにはクラスメートの良さがある。
月並みの言葉で言えば頑張り次第、なんじゃないかな。


「気にせず好きでいればいいんじゃないかな。だって、好きなんでしょ?」


俺だってそう。誰がなんて言おうと、好きなものへの気持ちは抑えられない。止められたって突き進むよ、と強気を見せたら、名前は久しぶりに笑ってくれた。
そっか!と機嫌が直ったらしい名前は俺にお礼を言い、教室へ戻ろうとしていた。
無視されていた原因をはぐらかされたような気がしたが、それよりもまず気になることがあった。


「今のってもしかして俺のことだったりして」


ぴたり。足を止めた彼女が振り返る。
あっけらかんとした声音の名前はいつも委員長に注意される俺をからかうような笑みだった。


「まさかー」

「だよね」


ひらひら手を振るので倣うように返すのを確認してから、彼女は小走りで行ってしまった。
吹っ切れたらしい名前を良かったと思うのは友達としてだ。じゃあこの、腑に落ちない気持ちはどこへ向かっているのだろう。


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