ノックをしてからにこやかな笑みを浮かべてあげたのに、イケメンが台無しだと言われんばかりの表情で出迎えてくれた東堂。この時間はまるで彼だけのパーソナルスペースとでも表現したいぐらいだった。誰かに見られないように身体を滑らせる。もはや止めても聞かないと分かっている東堂はふいっ、と視線を逸らして準備を再開する。彼の背中を眺めながら私はそっと扉を閉めた。


「邪魔しにきた」


えへへ、と口先だけのオプションには反応してもらえなかった。何か言いたそうに目が泳ぐも、それは彼の胸中に仕舞われてしまった。
私が誘いを断った引き金が東堂の一言だと考えているのかな。責任感じるとか、あなたらしくもない。


「部活が始まるまでだよ。東堂と一緒に出て行くから」


窓側へ身体を向けて座る東堂の横へ腰掛ける。私は廊下側へ視線を固定し、交わりそうなのはわずか数センチの距離を保つてのひらだけだ。


「昼間は余計なことを言って悪かったな」

「何も聞いてないよー」


そうか、と東堂の言葉で途切れた。謝ってもらう必要なんてないのだ。一途だと豪語するには弱い意志も彼には見せすぎていて、たくさんの女の子から求愛される彼ならと寄り掛かってしまう。
似ているとか同じとか、そんな言葉で括れないことは分かっていた。


「東堂はさ、早く好きな子に告白した方がいいよ」


以前彼は言っていた。あれだけ人気者である東堂にもきちんと想う相手がいて、でもファンの子に悪いからなどと言って気持ちを伝える気はないのだと。


「それはならんな。なんせ俺には……」

「うん。でも、夢から醒める瞬間はいつか訪れるものだから」


紳士な言動はたまに呆れるときもあるけれど、基本的には尊敬している。だって普通の人じゃやりきれることではないと思う。さすが東堂。惚れちゃうぐらい男前だ、とは口には出せない。


「私には難しいけど、東堂なら」


あの東堂が告白がするとなれば大騒ぎは確実だろう。振った数で占める彼の中に刻まれる成功例、是非とも参考にさせて頂きたい。もう一度投げ掛けたところで、私が思う返答は得られなかった。
そんなにピリピリしている意味が分からず、首を傾げて笑みを作ってしまう。


「お前のそれは本気ではないのか?」

「うーん。自分じゃ分からないなぁ」


よくある漫画の主人公みたいに、脈がない相手にアタックし続ける根性は私にはない。そう言い切れる。メールの返事もないし、話し掛けてもそっけない。正直、凹んでばかり。
相談している手前言い出しづらかった。真剣な東堂の顔にはこう書いてある。あいつのことは本気なのかと。


「恋に落ちるのも醒めるのも一瞬って感じだよね」

「またそんなことを……。いいか、名前、」


美談なだけの説教なんて聞きたくない。
そんな綺麗なだけの愛の形しか存在していなかったら世の中はなんて幸福な世界なのでしょう。
いつも、思う。私が別の人を好きになっていたら。何か間違いが起きたのなら。あと一歩、お話に色が付けられたらって。


「東堂」

「……名前」


あなたがそんな風に泣きそうだと、私もその何かを悟ってしまいそうだよ。
覗き込んだ色素の薄い瞳が細められる。小さく開かれた唇から零れそうな言葉を拾い集めるために近付いて、恋人同士ならばキスをする手前のように見えたのだろう。


「失礼します、東堂さ、っ!」

「ム」

「……じゃあ、私は帰るね」


だけど、私達の関係は愛を語り合うそれではない。東堂を呼びにきた後輩の登場に私達は赤面することなく離れ、淡々と時間の流れに沿っていく。慌てる後輩くんに形だけ笑い掛け、「失礼しました」と言い残す。
今まで感じたことのない熱の正体は、まだ知りたくなかった。


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