飛んできたボールに咄嗟に手を出してしまった。危ないと誰かが叫んだことと掌に残る痛みがその事実を物語っていて、言いたかった文句は飲み込む羽目になった。
駈け寄ってくる男子生徒が相手が私だと知ってぎこちなく立ち止まる。だから私も、そっけない態度を取るしかなかった。


「あー……怪我は、ないか」

「平気」


手の中にあったボールを東堂へ戻す。そうか、の後にまだ言いたそうな口振りだったけどまさか私だとは思っていなかったのだろう。結果、考えながら向き合う時間こそ不自然だと気付いた彼が「悪かったな」と踵を返す。ばーか、と口パクで伝えた私の意志を汲み取ってほしい。





「はい、終わり。左手で良かったわね」

「……ありがとうございます」


やっぱり突き指をしていたようだった。あの後すぐに保健室に行った私だけど、思ったよりも早く帰されてしまって授業に戻ることになってしまった。
静かな廊下をのんびりと歩きながら、湿布が巻かれた左手の薬指を眺める。逆の手には今もなお外せない指輪が光っている。本物を貰えずにさよならしてしまった彼に付けられた跡だと思うと笑えてくる。不格好な指には不釣り合いだけど、どうしても諦めきれない。


「名前!」

「……東堂」


ほら、そうやって君がいつまでも手放してくれないから。


「どうしたの?」


走ってきた東堂が私の顔を見てから服装の乱れを正した。持ち上がったジャージの裾を直し、ジッパーを少し上げる。ふう、と息を吐き出してから動揺を上手く収めていた。


「保健室に向かっていたようだったからな。原因は俺にあるだろう」


尤もらしい言い訳だけど、それは普通のクラスメートではないような気がした。わざとらしく時間を空ける間に葛藤していたのかと思うと苦しくなる。
それでも最後には来てしまう彼と私は、どうして前のように笑って過ごせないのだろう。


「で、大丈夫なのか?」

「あ、うん……突き指しただけだから」


真顔の東堂は妙に迫力があるし、後ろめたいことがあるのは私の方だ。両手を隠すように背中で手を組む。何もかも東堂のせいに出来たらどんなにいいか。どうしてくれるのって笑い話にも出来やしない。
もう終わっているんだって現実を突きつけるのは、いつだって希望である君なんだ。


「前にも言っていただろう、名前」


一歩、距離を縮めた東堂が私の腕を掴んだ。覆われるように近くで感じる彼の匂いや温もりは楽しかった思い出を蘇らせる。途中、東堂が息を飲んだのは私と同じ意志であることが分かる。
表に引っ張り出された両手の薬指が晒されて、わざとらしい溜め息が掛かる。優しい触れ方と突き放す声音を同時に持ち出してくる彼は私を傷付けまいとしながら追い込んでいく。


「指輪は外せ。俺達はもう、別れてるんだから」


理由も告げられずに恋人としての関係を終えた。頷いてはいたけど、本心では全然納得出来ていない。
どうせならもっと一方的に、嫌いになるぐらい酷くしてほしい。


「俺は行くから、お前も戻れよ」


私を置いて行ってしまうことで冷たくしているつもりなのだろうか。
甘いよ、東堂。私はあなたがまだネックレスに通された指輪を持っていることを知っている。自分だって捨て切れないじゃない。
振り向いた背中はもう遠くなっていて、一度だって目が合うことはない。本日二度目になるばーか、は仕舞い込む。
我慢するのはもう少しだけ。お願いだから早く、好きって言わせてよ。



「恋愛標本」様へ提出
2014.05.13




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