我儘を言っているのは百も承知だった。ロードレースのことしか頭にない真波くんのことを好きになったのも事実で、付き合えるようになってからまさかこんな風に嫉妬をするなんて思いもしなかった。
放課後も休日も部活で忙しいのはしょうがないと思うけど、聞けば彼は遅刻もするし気付いたら山へ登りに行くという奔放さを発揮しているらしい。でも、その自由の中に私との時間は含まれていない。私が告白したとき、真波くんは「俺も好き」って言ってくれたのに。もっと一緒に居たいって言う私の思いは全然届いていない。
「それって、別れたいってこと?」
「ちがう!ちがうけど……」
言葉が上手く出て来ない。少しは私のことも考えてって言うのはおこがましいことだろう。だって私は散々我慢することを彼に誓ってきたのだ。これから好きになってくれればいいからと言う風で、真波くんへ思いを伝えた。返ってきたOKの笑顔には卒倒しそうだった。彼のためなら何でも出来ると思っていたのだ。
「名前ちゃん、俺のこと嫌いになった?」
「なってないよ!私はただ、もう少しだけ、傍にいたいっていうか」
寂しいと言ったところで何か変わるのだろうか。
別に部活の時間を私のために割いて欲しいとは思っていない。ただ、自由奔放に振る舞える瞬間に誘ってくれれば嬉しいとか、それぐらいのこと。いつだって熱い視線を送るのは私ばかりで悔しいのだ。
ふう、と彼が見兼ねたように溜め息を吐く。ふわふわとした出まかせ混じりに反論する元気はまだ私にも残っている。
「マネージャー、やってもらえば良かったかな」
「そんな不純な動機で入部なんて出来ない」
「うん、俺もそう思う」
許されるわけがないし、それで解決するとは思っていない。素人の私から見ても彼らの勇姿は本当に格好良いものだし、学校の自慢だ。真波くん一人を応援するためにマネージャーになるなんてとんでもない。
私の返答はお見通しだったみたいで、真波くんは表情を崩さない。少し屈んで、頭を撫でた。私の前髪を攫うように、風みたいな温度で。
「優しいね」
口調とは裏腹に、今日の真波くんは意地悪だ。
企んでいることは分かっていたから、それも踏まえて私は怒っていた。
改めて、捉えどころのない彼と素直になれない自分へ。
「俺、君の言いたいこと分かってるよ」
にこりと作った笑みはまさに悪魔の微笑みだった。この小悪魔ちゃんめ、と苦虫と一緒に擦り飛ぶしたくなる衝動だ。分かりやすいもんと指差すあなたは私の嫉妬を知ってて放置している。
「でも助けてあげない。ちゃんと名前ちゃんの口から聞きたいんだ」
そんなこと出来ていたらここまで拗らせたりしていない。ぐっと飲み込んだ文句や感情が喉元まで出かかっているのに、その先へ向かうことが出来ない。ドロドロした貪欲さを晒してしまって彼に嫌われてしまわないかと、不安が募る。彼が思う以上に私は綺麗な人間ではない。天使と揶揄される真波くんの彼女として相応しくない。私を優先してなんて、口が裂けても言えないのに。
「あとは、その顔が好き」
ピンッ、と彼の人差し指が私の唇を弾いた。いつまでも口を割らない強情さを取り払うような、魔法みたいな動きだった。片目だけ閉じられた顔はくらりと眩暈を起こしそうなほど決まっていて、どうして今この瞬間そんなことを言うのだろうと、私は思わず彼に抱き付いてしまったのだった。
「今にも泣きそうに俺だけを見てる表情、たまらないから」
「……っばか、じゃないの」
「あーあ。後押ししちゃった」
ぽたぽたと零れる滴が彼の肩に落ちた。すっかり涙声でしかしゃべれない私を一度離し、顔を覗き込む真波くん。
「ごめんね、ずるくて」
「……デートしてくれたら、許す」
「喜んで」
ここまでする気はなかったのだと彼は言う。ごしごしと私の目元を拭う仕種に顔を歪めたら笑われてしまった。
いつもの真波くんだ、と柔らかな空気に包まれた気がした。肩を撫で下ろして安心感に浸る私の隙間を埋める彼に口付けられるまでは。
「良く出来ましたのご褒美は必要だろ?」
まさかこんなに早く形勢が逆転することになるとは。
今の私が何を言っても真波くんを楽しくさせるだけ。黙って隣を歩く私が真っ赤に染め上げた頬をしているのだから、もう何をしても無駄だ。