突き刺さる呆れたような視線にはもう慣れてしまった。男子が着換え中の部室に乗り込むのは如何なものかと散々説教されたが、神出鬼没と言うか時間通りに現れた試しがない彼を胸の中に抱くのは部活終わりのこの瞬間しかないのだ。噎せ返る汗の匂いだって気にならない。タオルで拭う姿も癒される。


「はあ……真波は今日も可愛い」

「あはは。ありがとうございます」


最早恒例となっているやり取りに真波も気にしなくなった。通常運営の笑みにさえ酔ってしまう私はまた後ろからぎゅっと抱きついた。真波の髪が頬に触れ、ぐりぐりと頭皮に押し付けたい衝動に駆られるけどさすがにやめておいた。そうでなくても、私の行動に嫌悪を示す視線があるからだ。


「ケッ。相変わらず気持ち悪ぃ趣味してんな、お前」

「飽きもせずよくやるよ」

「荒北、新開、うるさい」


真波に会いに来ている私の目は彼一直線。だからじゃないけど、他の部員の着換えをまじまじと見たりしないし、真波に夢中な私にちょっかいをかけてくる奴もいない。
最初こそ追い出されたりで大変だったけど、もう放っておけという結論になったようだ。


「いい加減に、」

「ぎゃ!荒北、近付いて来ないでよ!」


着換え中の部室に入り浸るのはやめろと言いたかったのだろう。真波の背中ではしゃぐ私に寄ってきた荒北は、言葉は悪いが乱れた身なりで近付いてきた。羽織っただけのワイシャツから見えた肌が映っただけで私は目を合わせられず、「はあ?」と苛立つ彼の間に真波を挟んだ。
真波の白色に顔を埋め、あっちへ行けと荒北へ破滅の呪文を唱える。そんなことで分かりましたと言う彼、いや彼らではないのだが。


「名前チャン、隠れてないで出てこようかァ」

「いやー!真波ー!」


首根っこを掴まれて起こされた先では、それはもう元ヤンらしい顔付きの荒北がいた。逃がすまいと肩と頭を固定されたかと思えば、じっとりとした声が耳元に掛かる。


「ほらよく見ておけよ」

「俺もいるぜ、名前!」


悪乗りした新開が加わり、わざわざ着終えた制服を抜き出そうとするものだから。
真波に助けを求めることも忘れ、ばかばかと羞恥に堪えながら涙目になっていくのが分かる。


「その辺にしておけ」

「と、東堂……」


私と新開の間に立ち、止めに入ってくれた東堂の登場に荒北から解放された。
すかさずサッと東堂の背中に逃げ込めば、やっぱりつまらなそうに悪態を吐くのだった。
ごめんな、と謝ってきた新開はとりあえず許す。


「惚れ直したか?」

「ありがとう。でも元々惚れてない」


ウインクを決めてくる東堂には感謝はしているが、それ以上は応えられない。なぬっとショックを受けているらしい彼から離れ、私は一番のお気に入りの元へ舞い戻る。
今度は前から抱き締めて浸ってみるけど、珍しく真波は何も言わなかった。
はて、と思いながら意地悪をする荒北へは舌を見せる。対抗してきた彼はすばやく準備を整え、部室から出て行こうとする。


「本気にしてんじゃねぇよ。バーカ!」

「荒北キライー!」


ぞろぞろと彼らが出て行き、気付いたら私と真波の二人きりになっていた。
鍵をさらっと押し付けられていたことへは後で文句を言おう。


「真波、そろそろ教室行かなきゃ」


抱き締めるのも離すのも私の都合で、されるがままの真波は言及したりしなかった。でもこの時初めて、彼が感情を見せた。待って、と思っていたよりも大きな掌が私の手首を取った。
座り込む彼の大きな瞳が上目がちに私を捕らえ、身震いした。何か言いたげな唇が動く。
言葉を咀嚼している躊躇いは真波らしくないと思った。戸惑いを少しでも減らそうと慰めるみたいに彼の頭を撫でていたら、そちらの手にも触れてくる。


「俺だって、男なんですよ」


知ってるよ。零れそうな目が真剣に私に訴えかけてくるから、返せなかった。
私はそんな真波だから可愛がっているし、後輩だから逆らえないことを言いことに好き勝手している。


「色々我慢してるし、いつも名前さんがしてるみたいなことをしたいって、思うし」


これは特権だと思っていても、真波が本気で嫌がるようならしないつもりだった。彼は抵抗しないからてっきり無関心な気がしていたのに。我慢って、何。
ぽつぽつと吐き出される彼の本音とほんのり染まった頬はマジだった。


「だけど、今日のは許せません。助けに入るのが遅くなりましたけど、今後二度と同じことが起きないように、着換え中に入ってきちゃだめです」


貴重な時間が減ってしまうのは異議ありだったが、確かに私も今回のことは悪かった。何度も注意されては知らぬふりを通してきた罰だったのだ。
ね?、と優しい口調で言われたからじゃない。立ち上がった真波は私よりも背が高いから面白くない。覗き込まれた弾みでつい頷いてしまえば、良い子と頭を撫でられる。急に立場が逆転してしまってついていけない。


「これからは、俺が名前さんを可愛がるんですから」


爆発してしまったのだろうか。すっかり覚醒してしまった真波は私が可愛がっていた時とはまた別の魅力を発揮している。煩い鼓動と赤い顔を押さえ付けて、私は芽生えていた彼への想いを上書きすることになる。


「意識させて、どういうつもり……?」

「策略に嵌ったってことですよ」


狡猾な後輩を手懐けていた気になっていたのに、泳がされていたのは私の方だったのか。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -