降り積もる雪の日。帰宅命令が下り、駄々を捏ねる後輩を何とか引っ張った部活終わり。日頃から練習に精を出す自分達にとってこんなに早い時間で切り上げるのは久しぶりだった。
着換えながら、目を離せばまだ体育館に逆戻りしそうな日向と影山を宥めつつ菅原は携帯をチェックした。一通のメールを開き、それからは一点のことしか考えられなくなる。
急に帰宅準備をスピードアップさせる菅原の姿にびくりとする者もいたが、彼をそうさせる人物の存在に気付いている者もいた。


「彼女か?」

「悪い、先行くわ」


澤村に手でごめんのポーズ。誰より先に部室を出て行った菅原の心配する相手は、校門の前で雪と戯れながら彼のことを待っていた。

自分にしか聞こえないように鼻唄を刻みながら雪の感触を楽しむ一人遊び。
次々と新しい結晶が追加されるおかげで綺麗な足跡を残せることに満足気に微笑む。
下ばかり向いているせいで垂れてきたマフラーを首に巻き付ける。この作業も何回目だろう。
早く来ないかなぁ、ともう一度雪と戯れようとした名前の元へ、彼女の名前を呼びながら走ってくる者がいた。


「名前ー!……うわっ!」

「あはは!孝支が転んだ!」


普段なら一目散に駈け寄って声を掛ける彼女だが、この一時の間でテンションが最高潮に達していた。飽きもせず舞い続ける雪の美しさに魅入っている。
だから部活が途中で切り上げられ、せっかくだから菅原と一緒に帰ろうと待っていたのだ。


「大丈夫?」


自ら立ち上がり、雪を払いながら近付いてきた菅原へ適した言葉をようやく口にする。笑みを絶やさない彼女と違って、彼は少しばかりご機嫌ななめだった。それに気付かないほど名前は雪に溺れきっていない。ん?と首を傾げる彼女の頭から零れるそれを睨み、大きな溜め息を吐く菅原。


「どうしたの孝支、わわわっ……!ちょっ、頭!取れる!」

「メールくれたときからずっと待ってた?」


持っていた大きめのタオルで乃亜の頭をがしがしと拭いてやる。
乱暴な手付きに口調、そこで彼女は彼の怒っている理由に合点がいった。しかし、それで屈するほど今日の名前は弱くなかった。


「でも平気だよ。雪の中待ってるの、私は好き」

「傘は?」

「降り続ける中、帰ることになるとは思ってなかった!」


えへへとありがとを並べられ、菅原は肩を落とした。おそらく心配していることは伝わっているが、次から気を付けるとまでは反省していないだろう。これで風邪でも引いたらもっと説教だなと心に決めながらタオルを仕舞い、傘を開く。
翳す前に、彼女の手が添えられた。雪でも触っていたのだろうか、濡れている指先が待ったと言う。手袋をしろと注意する前に、彼女の誘導で傘の位置が変わる。白銀の世界から隠れるように、爪先立ちをする彼女。
触れるだけのキスでご機嫌な名前の笑みがそこにはあった。


「……名前」

「はぁい」


舌足らずな声は、おそらく寒空の下でずっと待っていたからだった。楽しそうな彼女はきっと知らない。睫毛の上で光る欠片を掬ってやれば、その瞬間のように大人しくなる。
伏し目がちの目からじっと覗いてくる動作まで計算されているようで飲まれてしまいそう。名前もそれを望んでいると分かっていながら、働いたのは菅原の理性だ。


「あいた!」

「帰るべ」

「……はーい」


頭を小突き促す。一度は渋々と言った顔で、その後すぐに悪戯めいた表情で菅原の腕に絡み付いた。今日と言う雪の日のイベントをどこまでも楽しもうとする彼女の陽気さに完敗だった。
いつ誰に見られているか分からないから、これ以上はちょっと。そう考えていた先程までの自分にさよならを告げて立ち止まる。
誰も気付かなければいい、二人だけの世界をもう少しだけ感じていたい。



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