恋人予備軍みたいな私は、付き合っていると明言出来やしないと思っている。でも手を繋いで帰ったり、キスをしたり、そういう恋人ごっこみたいなことをしているときだけは都合の良い風に考えてしまうのだ。
曖昧な可能性を信じて言い聞かせるだけ。及川くんに押し付けたらきっと、嫌われてしまうから。

知らない女の子と腕を組んで廊下を歩いている姿を見掛けてしまった。
ぴったりとくっ付いて幸せそうに笑う女の子と満更でもないように見える及川くん。それが美男美女として有名な二人だったから、周りの生徒もひそひそと煽っていた。
なんてお似合い、お話の中に出てくるみたい。ひたすら綺麗なものを眺めさせられた私はただ突っ立っているだけで自分からは近付けもしなかった。
押し寄せるのは終わりの音。ゆっくりと、向こうから歩み寄ってくるそれ。


「あ、名前ちゃん」


いつもと変わらない声で、及川くんが私の名前を呼んだ。このシチュエーションで、彼が珍しく私の前で立ち止まった。女の子のぎゅう、と睨む目と蔓延る独占欲が見えている。


「今日皆で遊びに行くんだけど、一緒にどう?」

「……行かない」


分かっていたはずなのにどうしても胸が痛くて堪らない。大多数のうちの一人ってことはずっと前から知っていた。この子みたいに、手に入らないものに必死にしがみついているだけだ。掴まされているのは偽者かもしれないのに。
振り払うように逃げてきた私を、彼は強い力で掴み取った。手首を中心に無理矢理向かされた先で、お互いに予想していた表情は浮かべていなかった。突っ撥ねてから、冷静になれと言い聞かせる。
目を泳がせて髪を耳にかけながら言い訳を紡ぐ。


「ごめんね。今日はちょっと、無理なんだ」


多分、これからずっと。私に他の子を出し抜いて彼の隣を独占する勇気はない。
いつだってこっそりと見ているのがお似合いで、せいぜい二人っきりの機会を満喫するだけ。
彼にだけだって、素直に甘えることなんて出来やしない私だ。


「嫌ならそうやって――……」

「他の子がいてもいいよ」


そう言って笑い掛ける。いくら及川くんがその場限りの優しい言葉を掛けてくれたって、私を選んでくれることなんてないんだから。それぐらい見極めてるから、舐めないでほしい。
一度きりの彼女気取りを、私はきっと引き摺ってしまう。いつか、あの時の言葉は嘘だったのって詰め寄る重い女になるだろう。及川くんもそんなこと、楽しくないでしょう?


「何なのお前」

「え……」


一瞬、何が起こったのかよく分からなかった。背中に当たる壁の冷たい感触と、目の前を塞ぐ及川くんの鋭い目。ドンッという鈍い音で引き戻される。何故だか及川くんは私に対して怒りを表していて、押し付けられた手首の痛みが物語る。


「ああ、そうだよね。名前ちゃんは、嫉妬とかしないよねぇ」


及川くんと”付き合う”ことになったとき、私は決めたのだ。
彼の二番目になることは、他の誰かが一番であるのを認めることであると。
承知している私は、聞き分けの良い子になろうと祈るだけ。私を選んでくれる日を夢見て、及川くんが他の子と一緒にいる姿を眺めては我慢するのだ。
間違ってるはずがない。だって及川くんは、私のことで嫉妬したりしない。


「じゃあそんな顔しないでよ」


崩れるように、必死に見ないふりをしていた景色が閉じていく。及川くんと何度も声にならない音で彼の名前を呼ぶ。
何度も口付ける行為は背徳とスリルの狭間で揺れていて、ひどく昂ぶらせた。隠れたくてしがみつく私に応えてくれる及川くんの熱で溶けてしまいそうだった。
このまま二人の世界へ逃げ込めたらいいのに。それこそ淡い夢だと知りながら願わずにはいられなかった。
壁の冷たさが沁み渡る頃、私達はまた何でもない顔をして、離れて歩くのだ。



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