今日はバレー部の練習を見に来るギャラリーが多かった。日にもよるので、私はこうして人に紛れられる日だけ及川くんの練習姿を見ていた。だって少なかったら恥ずかしいじゃないか。上を向いたら私だけいるシチュエーションって、後で何て言われるか。
練習中でも黄色い悲鳴は彼に注がれていた。及川さん、と呼ぶ彼女達は後輩か。憧れの先輩へエールを送る姿はとても絵になった。可愛いと素直に形容できる存在。
それに比べて私は、少し離れたところで手摺りに腕を置いて顔を乗せていた。誰を見ているかなんて声に出さなければ分からない、むしろここにいる必要さえないんじゃないかと自問自答。
次ここに来るときは誰かを連れてこよう。心細さを感じるくせに、練習に打ち込む及川くんの姿がそこにあるってだけで離れられない。もう少しだけ、って何度も言い聞かせて、結局最後の方までその場から離れられなかった。
声にしなきゃ届かない、他の子の声援が耳に入るたびにそんなことを言われたような気がした。

教室に鞄を取りに行く途中でメールが着た。もう日の落ちる時間で、どこまでも彼は私に偽物の特別を与えてくれる。ぎゅうって胸が締めつけられる想いで返信を打つ。
あくまでも平然と、淡々と。彼がそうしているように、私も何でもない顔を心掛ける。
送っていってあげる、と上から目線でも、何でも良かった。


「もしかしてよく見に来てる?」

「……暇だっただけ」

「へえ」


夜の力だろうか。途切れた会話から次が上手く繋がらない。
すっかり日の落ちた校門前で落ち合い、本当に及川くんは私の家の方向へ歩き出していた。二人並んで歩く隙間がぽっかりと空いている。他の生徒が見えなくなっても、私達の距離は一定を保っていた。


「応援とかしてくれないんだ」


ぽつりと呟かれた言葉。すぐにまあどうでもいいけどいう感じで切られてしまう。
慣れた子なら、あの後輩達みたいに叫ぶべきだったか。後先考えて動けないのは悪い癖かもしれない。きっと及川くんは笑顔で応えてくれる、はずだ。


「今度は、」

「まあ、たまに気が散るけど」


ピシリ。氷のように動かなくなった私のことを、自分の一言でダメージを負っていることを知っての上で続ける彼。


「基本は嬉しいよ」


貼り付けた笑みに、つい非難の目を向けてしまう。どっちだよ、と言ったら誤魔化されてしまった。
頑張ってと声を上げても彼は私の声に振り向いてくれない。想像して泣きたくなったので軽く腕辺りを叩いておいた。きっと及川くんは私の考えてることなんてお見通しだ。
応援、彼がどういう思いでそう言ったかは分からないが、今だったら多分大丈夫。暗がりが赤い頬を上手く隠してくれる。沈黙の中で弾けた言葉に、彼はゆっくりと振り返る。


「及川くん、格好良かった」

「……突然、どうしたの」

「訂正。たまに岩泉くんに怒られてて面白かった」

「そんなところまで見てたの!?」


うわー、って顔を押さえる及川くん。隠れていることを良いことに、私も目を伏せた。
彼はずるい。女の子に優しく笑い掛ける甘い雰囲気は紳士的なのに、急に歳相応の可愛らしさを魅せる。あとはふっとマスクが変わるみたいに色付く男らしさ。
本当、ずるい。魅了される要素が多すぎる。


「私も部活とかやってればよかった」


結局私からはいつも攻めきれなくて後手に回ってしまう。話が逸れますようにって自分から挑んだ勝負を捨てた。
ひとりごとで良いと思っていたら、及川くんが早口で言った。勝手にすれば、って流すような声音。


「また見に来ればいいんじゃないの」


そんなこと今まで一度も言ってくれなかったじゃない。
煩わしいって思われるかな、彼女面するなって言われるかも。色々考えていた私のもやもやを彼は一掃していく。一喜一憂される悔しさ、どうせ気分で言ってるだけでしょうともう前を向く彼の背中を睨んだ。
いつまでも寂しい手を自ら繋ぎにいく。パッと掴んだ手を、及川くんが優しく握り返してくれた。情熱的とは真逆の渋々と言った感じにも似ている。
ただ、触れることを許してくれるだけで、今の私には幸運なのだ。



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