噂では聞いたことはあったけど、会うのは初めてだった。この街にいる在る驚異は何も赤色だけではない。
いかにも怪しい空気が漂う倉庫。確かにここに来たような気がしたのだけれど、そんな私の予想を当たりだと言わんばかりに肯定したのは青い炎。一ヶ所の倉庫から眩しい光が零れていた。
「淡島副長に伝えて、後始末しろ」
私がその場で足を止めたとき、その人は壁に凭れ掛かって誰かに電話を掛けていた。吠舞羅の連中がいた空間はとても静かで、あの一瞬の光で黙らせてしまったのか。
目が合う。だけど二人とも口を開かない。
私はゆっくりと歩き出して、中の様子を確認。噂には聞いていたけど、この人もまた、クランズマン。セプター4。青服。
倒れている人達の前で立ち尽くす。起こしたいけど、触れることに躊躇をする。でもこのままでいいわけがない。何より、これって一方的すぎやしないか。
眼中にないのか、私のことは見なかったかのように、気怠そうに行ってしまう背中に投げ掛ける。ぎゅ、っと腕の中で抱いた布の形が変わった。
「こういうの、良くないと思います」
彼らの争いに私は関係ない。仲間でもなければ、王でもない。
でも見てしまった以上、無性に、そう言いたかった。
「あんた、吠舞羅か?」
「……違います」
「なら、関係ない奴は口を挟むな」
言っていることは正しいと思う。彼らの因縁も知らない私。赤でも青でも、またはその他の色でもない。
だからこそ悔しくて、やるせない。手を出す理由もなければ出さない理由もない。
いつだって運命は自由気儘に動かせる。私がそうしたいから、する。それだけで十分なはずなんだ。
「ただの部外者ですけど、見過ごせません」
荷物を傍に置くとき、拾ってくれてた人のことを思い出した。あの時のお礼、それぐらい簡単でいい。
名前も知らない青の王の臣下。その人の気を引くには、やっぱり。
無駄な浪費と言わんばかりに、私の身体から放たれる赤い炎。奪った力が消えていく感覚はしていたけど、作戦としては十分だったらしい。へえ、と目の前の青い人は唇を歪めた。
「俺がいなくなってから、こんな奴も入ったのか」
ん?今この人は何て言った?
考えようとしていたら、剣が突き刺さりそうになる。ひたすら避ける必死な私を前に、彼はずいぶん余裕そうだった。遊んでいるみたいな捌き方。リズム良く、まるで私に合わせるみたいに。
「やめろ、伏見!」
這ったまま叫ぶ声。まだ起き上がれはしないようだが、その悲痛な心配が彼を更に楽しませるようだった。
この眼鏡の人は伏見さんと言うのか。私が弱いからって、ばかにしている。
「あの子……まさか」
「ああ、八田さんや草薙さんが言ってた」
おっと、私のこともすでに伝達済みですか。それなら話は早い。
消えかけてきた炎を再び燃え上がらせてもらいます。伏見さんから離れ、私はまだ倒れているその人に近付く。すみません、と一言声を掛けてから腕に触れたら、「俺は赤城翔平」とへらりと笑い掛けられた。
「赤城さん、頂いちゃいました」
こんなシーンでの自己紹介ってどうだろう。終わったら、私も名乗らせて頂くとしよう。
決意をして、前を向く。ぐっと拳を握ったらまた湧き上がる力。目に見えた炎の揺れ方に、伏見さんが眉を顰めた。
「どういうことだ」
「あなたは知らなくてもいいことです」
そうでなくても私の方が劣勢だと言うのに。肉弾戦なんてしたことないし、とせめてもの思いで落ちていた鉄パイプを拾う。まあ道具があったところで変わることはないけれど。
カキン、とぶつかり合った金属音。腕力か、炎を操る力の差か、私の手から簡単に吹っ飛んで行ってしまった道具。甘い考えに頼りすぎていたせいで反応が遅れてしまった。封じ込めるように、伏見さんが私の手首を握った。そう、触れてしまった。
「……っ……!」
心臓がドクンと跳ねたような気がした。巡る、流れる、締めつける。
拒絶を示すみたいな激しい動悸。体内にある赤と青が、交互に吠えるように主張する。
目の前がぐらつく。掴まれた腕の痛みだけが浮いているみたいだ。
「俺のも奪ったって言うことか。それにしては、余裕がない顔だな」
「あ、う……!」
身長が高い伏見さんは私の顔をじっくりと眺めるように引き寄せた。上から吊るされるみたいな不格好な私は抵抗を続ける。こんな人の色に染まりたくない。決して溶けることなんてない。
ならば、試してみようか。彼はそう言いたげに笑った。
「混ざり合う感覚、味わったことはないのか?」
触れた相手から炎を奪う力。そればかりを表に出していた私にも予感はあったのだ。
もっと深いところ、身体の中に入って行けば、より力は増すのではないのだろうか。
「あ」
それが誰の声かどこから聞こえたのか。気にしている暇もなく、その瞬間私の世界から音が消えた。
唇から伝わる感触。パッとくっ付いて、離れて。意識したらボンッと勢いよく、その時の私の心情にも似た赤が流れ出た。
「二色を使いこなすのとは違うってこと、見せてみろよ」
伏見さんは楽しそうだった。乱暴に吊るしていた私の腕を離し、バランスが崩れる前に腕の中に閉じ込める。優しい抱擁とは程遠く、ただ痛みと嫌悪ばかりが巡る実験。
掻き混ぜる舌が執拗に結果を求めるように。新しい炎が生み出されれば、それは新たな力となる。でも所詮、私はガラクタなのだ。
赤い炎が消え、次に青い炎が出てくるのが見える。はい、終了。
私のことを離したかと思えば突き飛ばし、舌打ちをする伏見さん。
「結局別々にしか使えないのか」
自分で試したくせにひどく傲慢な態度だった。呆ける私の前に立ち塞がり、吐き捨てる様。
「見当違いだな」
まるで遠い昔にも向けれたかのような言葉だった。勝手に幻想を抱いて、望んだ結果じゃなければ簡単に捨ててしまう。お前の代わりはいくらでもいるって、私じゃなくてもいいんだって。
名前さえ知る必要のない私のことを、伏見さんはすぐ忘れてしまうのだろう。一欠けらの興味、振り回された私の方が溜め息を吐いてやりたい。
叶うのなら今すぐに追い掛けて、その無関心な表情を崩して、私の名前を刻み付けて。
そんな妄想を描くだけで、今の私はこの場所から動けない。