なんでまだ奔走しているんだろう。あの人は伊佐那くんを狙っていたはずなのに。あの夜刀神くんとか言う人に掻っ攫われた後はどうでもいいってか。それより手っ取り早く私か。助けてもらえなかった私か。ってかあれは地味にショックでした。おっと、あんまりしゃべっていると舌噛みそう。


「待ちやがれ!」

「いい加減、しつこいです!」


街の中を走る、追う、叫ぶ。この堂々巡りもそろそろ終わりにしたいな。
まさか殺されるってことはないでしょう。女は殺さない主義だ、とかだったらイイノニナー。


「ようやく観念したか」

「はあ、はあ……まさか、止まって、あげたんですよ……」


直接対決。きれいに話をつけて帰宅をしたい。だって相手はしつこそうだし、あんな風に街中で映像を流されたら堪んない。
だからあんたも覚悟して。呼吸が整ったら、もう目を逸らすのはやめるから。


「……大丈夫か?」

「すみません、ちょっと待ってください」


意外と辛い。こんなに走ったの久しぶりだったからな。しかも命を狙われる危機並の逃走だったし。
ぜえぜえしている私を眺めながら八田さんは吐き捨てる。


「体力ねぇな」

「スケボーで走ってる人と一緒にしないで下さい」


睨み付けた瞳に映るのは、脇に抱えたそれで。
警戒心を解かないのはお互い様だけど、追いかけっこをするより向き合う方がずっといい。


「話をしましょう。出来れば穏便にお願いします」


戦うことなんて、自分の力を操り切れない私には酷である。さっきはカッとなってつい発動させてしまったが、出来れば使いたくないもの。
奥底に眠る私の可能性を買ってくれる人もいたけど、私はこれに飲まれてしまうのが怖い。


「お前は何者だ」

「一般人です」

「舐めてんのか!そんなんで誤魔化されるわけねぇだろ!」


初めて会ったときから思ってたけど、この人すごく短気だな。
落ち着きがない、仲間意識が強い、年上だけど精神年齢なら私より低そう。


「尊さんの知り合いっつーことは、お前も王か?」

「違います。そんな器じゃありません」

「じゃあさっきのは何なんだよ!」

「あなたの炎を奪ってしまったんです」


一人では何も出来ない作り物の能力。「じゃあストレインか」と八田さんは独り言のように呟く。
そんな風に呼ばれている人もいるみたいだね。私なんか到底値しないけれど。


「そういう力を持っているだけで、王なんかじゃありません」


この世界を牛耳る存在なんかになりたくはない。だけど、もしそうだったらどんなに良かったかなんて考えてしまう時がある。重い責任なんて果たしたくもない。ただこの宙ぶらりんな現状だけが不満。


「力を操ることも出来ない、ただの失敗作なんですよ」


どうせだったら王になりたかったと、所詮は無いものねだり。


「って、納得するわけねぇだろ!」

「えええ」

「騙されねぇぞ。そうやって俺らの中に入り込もうって魂胆なんだろ!尊さんのこと知ってるからって見え透いた嘘吐きやがって!」

「真実ですよ!私が困っていたとき、助けてくれたのが周防さんで……!」


しんみりとした私の表情すら蹴り飛ばし、ふざけるなと罵る。喧嘩が勃発。割って入ってきたのは彼の腕から放たれた音だった。珍しい連絡手段をお持ちで。
まだ敵と見なしているのでそんな世間話も言えやしないけど。


『あー八田ちゃん?まだ名前ちゃんのこと追い掛けてるん?』


草薙さん、声に出た音と心中で呟いた声が重なる。私のことを思い出したのだろうか。名前を言われてドキッとする。


「名前って言うんすか、こいつ。今問い詰めてる最中ですけど」


今のうちに逃げてしまおうか。良からぬことを思いつつも、体力と執着心には抗えそうもなかった。あそこであんなこと呟かなければよかったと溜め息を吐く。
知りたいのは私も一緒だけど、吠舞羅と関わることだけはもう出来ない。


『彼女は無関係や。手出さんと、戻ってき』


まさかそれが向こうも同じだとは。この人が撤退の言葉をすんなり飲み込むとは思っていないが。


「はあ!?だって、こいつ」

『尊の話も本当や。ちょっとした事情があってな』


どこまで思い出したのか、または全部聞いているのか。吠舞羅の事情こそ知らない私には黙って彼らの会話を聞いているしかない。


「こいつ、ストレインっすよね?」

『まあ、似たようなもんやな』


ちくりと刺さるような痛み。どうして私はこうも中途半端なんだろう。どっちつかずなんだろう。


『相手の炎を自分の身体に移してしまう』

「困った体質なんです」


直に触れることで炎を奪い、それを自分のものに出来る能力。ただし長くは使えない。器が大きければそれだけ私の元に来た力も大きい。他人の力を借りて戦うことが出来る、一般人の私。上澄みだけにしろそれが私のすべて。
それを、何だこの人は。


「ちょ、何ですかその目は!めちゃくちゃ疑ってますね!」

「尊さんに力を貰った俺らからも……?そんな簡単に?」

「体験してきたじゃないですか。思い出してくださいよ!」

『ちょ、二人とも?お兄さんの話聞こうや』


もう草薙さんの存在はスルー。目の前の相手しか考えられない。
疑問点があるのも頷けるが、答えてあげても疑うし、分からなければそれ見ろと鼻で笑うものだから、私だって意地になってしまう。


「じゃあここで証明してあげます!」


論より証拠。私だって遊んできたわけじゃないんだ。触れること、吸収すること。一番効果的なやり方で黙らせてやろうじゃないか。
無防備だった八田さんにがばりと前から抱き着いたら、初のような彼は固まってしまったようだ。でもこれだけじゃまだ、私の気が収まらない。地肌に触れて、空気のように含む。ぺろりと出した舌で鎖骨辺りを一舐め。


「なっなっ……!」


ようやく離れたとき、八田さんは私以上に顔を真っ赤に、指を突きつけてきた。
ふふん、私だって恥ずかしいですけどね!でもあまりにも馬鹿にされて腹が立っていたんですよ!


「どうですか?この赤い炎は貴方から奪ったもの。使うことも出来るんですよ」


私の身から放たれる暴力に近い彼らの象徴。自分の目で来たであろうに、もう一度実践させたあなたが悪い。
貰った炎がなくなるわけではない。使い方によっては同等、それ以上。でも誤ってはただの宝の持ち腐れ。そしてスピード勝負。


「と言っても、すぐに消化されてしまうんですけどね。王と配下じゃ流れ込む量が全然違いますし」


私にとっては充電のようなものなのだ。使えるのは奪った炎の量だけ。放出なんてしてしまったら一気に消えてしまう。
今だってそう。どんどん弱々しくなる炎。ゆらり、ゆらり。風に流されてはい終了。


『いきなりそないな身体になって、困ってるところを助けたのが尊』


あの時は確か、草薙さんには顔を合わせただけだったな。冷たく見えた周防さんからの助言を胸に、また来てもいいですかって尋ねて、もっと話が聞きたいって思っていたのに。
それから、もう関わるなと言われた。


『でも、最初に君を連れてきたのは十束や』

「……」

『なんでそんな顔してるん?』


記憶の中にだけ棲む映像。拳銃の音、倒れ込んだあの人、トツカ タタラ。
その傍で気を失っていた私。周防さんは、仲間を失った辛さを抱えながらも私のことを庇ってくれた。草薙さんが言っているのは、多分そういうことだ。


『君があの時のことを覚えてないのは知ってるわ。尊からも関係ないって釘を刺されたしな?せやけど、それが真実じゃなかったら、その時は』


薄らと脳裏で笑う記憶。忘れてしまった優しい笑顔の人。犯行現場に私がいた理由。
私だって知りたいから、約束を破ってでも調べているのだ。


『まあ一度、うちに遊びに来たらどうや?』

「……ええ、機会があれば」


たとえそれが対立することになっても、守ってくれたことを台無しにしてしまう結果でも。
疑いの笑みに乗せられるはずがない。

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