「捕獲ー!!」

「っぎゃあああ!!」


移動教室で廊下を歩いていた私に突然降り掛かってきた災難(抱擁と言えば聞こえはいい)。
昨日の今日ですごいスキンシップだな、と背中に密着している天羽くんを見て思う。
まあでも、大きな犬みたいな感じだしね、うん。そう思わなきゃやってられない。


「メールの返信がまだだぬーん」

「あ、ごめんね。昨日寝ちゃったから」


本当は途中で飽きちゃったんだよね。さすがにそこまでは言えない。
誤魔化すようにあはは、と笑えば天羽くんはにんまりと笑った。え、と嫌な予感がする私の前に立ち、彼の手が私の頬に伸びてくる。


「ちょ、ひゃめてええ!」

「ぬはは!伸びる伸びる!」

「ううー!!」


これ端から見たらイジメにしか見えないんじゃない!?この子、本気だよ!加減知らないよ?完全に遊ばれてるよ私!
誰か助けて陽日先生でも水嶋先生でもいいから!


「翼!」


背の高い天羽くんの後ろから彼を呼ぶ声が聞こえて、天羽くんは手を離さずに体勢を変えた。
ちょ、手は離せ!すごいまぬけ面だから。


「ぬ、梓!」

「騒ぎすぎ、それと他の人を巻き込むな」


じ、と「梓」と呼ばれた男の子の視線が刺さって、渋々と言った様子で天羽くんが私から離れた。
熱を持った頬に手を添えていたら、いつのまにか私の前に立っていた彼に笑いかけられた。
彼も一年生。前髪パッツンで、女の子みたいだ。


「すいません、翼が迷惑をおかけしました」

「あ、別に大丈夫……」


礼儀正しい男の子だな、と思った。天羽くんの友達、なのだろうか。
彼の大きな瞳が私を捕らえる。芯のある声が、私の耳に届いた。


「失礼ですが、名字先輩ですか?」

「そうだけど」

「ああやっぱり。お話出来て嬉しいです」


そう言って笑う彼は、どこかニセモノだった。上辺だけの言葉だと分かって、どうしようと考え始める私に、彼は本性を見せた。


「夜久先輩とは話したことがないんですか?」


いきなりその話題とはどういうことなのだろう。初対面で共通の話題、それにしてもミスチョイス。


「……どうして?」


平静を装って笑う私を、彼はどう見ているのだろうか。


「僕、弓道部に入っていて名字先輩のことは先輩達から聞いたんです。その時に夜久先輩がまだ話したことすらないって言っていたので。案外会えないものなのかな、って思ってたんですけど、それだったら僕はラッキーってことですかね」

「書記はすぐ見つかるぞー」


天羽くんに言葉を返す余裕すらない。相手にしないということに到っては目の前にいる男の子と合致していた。


「で、僕思ったんです。それって、もしかして名字先輩の方が避けてるからなんじゃないかなーって」


どうなんですか、と好奇心以上のもので聞いてくる彼。ああこの子いい性格してるなぁと思った。こんなにもストレートに聞かれたらいっそ清々しい。
彼は一年生だし、私に話しかける理由はあっても仲良くなる必要はない。


「……仲良くする意味がないと思うから」

「そうですか?たった二人の女子生徒じゃないですか」

「夜久さんの周りには人が溢れてるじゃない。彼女は学園のマドンナなんだから」


私から見ても、夜久さんは可愛いし、人望も厚い。彼女の周りに人が集まるのも頷ける。
分かっている。だけど憧れと嫉妬は、常にくっついている。


「平凡な私なんかがいるより、そっちにちやほやされてた方が彼女も気分がいいんじゃないの?」


羨望故の僻みだ。私は汚い人間だから、たまには自虐的にこんなことを言ってみたくなる。
私が下だと分かっているからこそ、なのだけど。


「名字先輩、先輩って何て呼ばれてるか知ってますか?」

「冷淡女」


ひどいことだ。第一友達もいないのにへらへら笑ってられるかっつーの。
私は、何かがあったときは自分しか頼れる人がいないのだ。


「笑って守られてるだけの誰かとちがうんでね」


ああ感じ悪いなぁ、と自分でも思う。さあこの子はどういう対応を取るのだろうか。
見たところ夜久さんのこと慕ってるようだし、告げ口されるのかな?そしたら私星座科の宮地くんにボコボコにされるのかなぁ。


「囲まれたいとか思わないんですか?」

「私は一人でいいよ」


言い切ると、少しだけ彼は止まっていた。だけどすぐにフッと笑みを浮かべて、私の方に手を差し出した。


「僕は木ノ瀬梓です」

「はっ……?」

「何ですかその反応。名乗ったんだから、先輩も自己紹介してくださいよ」


はい、と催促された手。それは握手と言うことですか。


「えっと、名字名前、です」

「よくできました。ついでに僕のことは梓って呼んでください」

「梓ずるいぞ!俺だってまだ翼って呼んでもらってないのに!」


変な機械をいじっていた天羽くんがここで話に割って入ってきて、私はもう冷静さを失ってしまった。判断が鈍ってしまう。
だから私は、この話を聞かれていたとは夢にも思わなかった。









「梓、名前のこと気に入ったか?」


長い立ち話をしてしまった。名前と別れて、クラスに戻ろうとしている途中で、翼は前を歩く梓に話しかけた。


「面白い人だよね」


そう言って、梓は笑った。


「あんなに夜久先輩のことを羨ましく思ってるのに、一人でいいって言うのも本心なんだ。どうしたいか自分でもよく分からなくて、結局何もしなくていいって落ち着いてるんだから、」


この一年間は一人では過ごさせない。寂しいくせに平気だと笑う彼女と、もっと話してみたい。


「近付きたくなるよね」


興味を持たせたんだから、責任を取ってくれ。
従兄弟同士は同意したように笑った。

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