昼休み、私は星月先生に呼び出されて保健室に向かっていた。何の用だろう、まあ星月先生だからちゃんと行くけどね。
まさか夜久さんとかいないよね……保健係だし、ないとは言い切れないけどまさか星月先生そこは空気読むでしょう。
「失礼しまー……」
「よう、名字!」
「間違えましたー」
「って待て待て待て!!」
しっかり閉めたはずの扉は陽日先生の力で思いっきり開かれてしまった。そしてそのまま「よし来い!」と肩を掴まれて保健室の中へ入れられる。ああやられた……!
「ちび先生がいるなんて聞いてないですよ!星月先生に騙された!」
「まあ、直獅がいるって言ったら逃げてただろ、お前」
「当然じゃないですか!」
「俺のいる前で堂々と言うな!」
陽日先生は子どもみたいな人だ。見た目も中身も。
そのまっすぐさは憧れるが、今回のことはまだ腹が立つ。でも話ぐらい聞いてあげよう。私は大人だしね。うんうん。
「で、何か用ですか」
ソファーに座らせられて、私の前に陽日先生、そして隣には星月先生が腰掛けた。
え、なんで座るの?と私が戸惑っていたら、陽日先生がガバリと頭を下げた。
「俺が悪かった。勝手なことしてごめんな」
「え……あの、」
「名字の言葉に考えさせられたんだ。確かに今回は俺の押しつけだった。不知火にもちゃんと言ってきたから」
「あ、はあ……どうもです」
本当にごめん、と謝る陽日先生を見ていたら私の方が申し訳なくなった。
私はこんな顔の陽日先生を見たことがない。いつも明るく笑っている陽日先生にこんな暗い顔をさせてしまった。私のことを考えてくれていたのに、私も大人げなかった。
ぎゅう、とスカートを握れば、隣から伸びてきた手が私の頭をポン、と撫でた。
「直獅を許してやってくれるか?やり方はあれだが、お前のことを本当に心配してたんだ」
もちろんです、と頷けば星月先生は目を細めた。きれいな笑い方だ。
「陽日先生、私こそごめんなさい」
「いやっ、お前が謝る必要はないぞ!……ん?ということはまさか、青春する気になったのか!?」
「それとこれとは話が別です。私はこのままでいいです」
がくり、と陽日先生は肩を落とした。おいおい、そっちはまだ諦めてなかったのか。戦いは続きそうだ。
「手強いな……しかーし!俺は挫けないぞ!」
「はい?まだ何かあるんですか?」
少々呆れ気味に言えば、いつもの陽日先生に戻ったように「フッフッフ」と楽しそうに笑った。
何が始まるんだ、と怪訝そうに見ていたら、突然保健室の扉が開いた。
「僕が来るまで待っててって言ったのに。陽日先生、僕を仲間外れにしないでくださいよ」
「げっ……もう来たのか。い、いやぁ〜、ちがうぞ水嶋、今始めようとしてたんだ。ああ、そうだ」
「はあ、信じられませんよ」
扉を閉めて、こちらに歩いてきた水嶋先生がさっきまで陽日先生がいた隣に座った。
そして私を見て「さっきぶりだね」と言って笑いかける。ああそうですね、と投げやりに返せば絡んでくる彼との間に割って入るように、陽日先生が私にそれを手渡した。
「ジュース……?」
私の手の中には缶ジュース。見渡せば、先生達はみんな何かしらの飲み物を手に持っていた。
首を傾げる私に「さ、飲め!」と缶を傾ける陽日先生。
「ええっと……」
「お茶会だとさ」
状況を理解できない私に、そう言ったのは星月先生だった。
「まずは俺達のことを知ってもらおうと思ってな!」
「俺は場所提供と称して巻き込まれたんだ」
「僕は自分から来たよ。名前ともっと話してみたかったしね」
にこり、と笑いかけられたが私は固まってしまって何も反応できなかった。
代わりに、これでもかと怒ってみせる陽日先生が水嶋先生に食ってかかる。
「こら水嶋!馴れ馴れしく呼ぶな!」
「いいじゃないですか別に。何なら陽日先生も呼んだらどうですか?」
「ば、ばかやろー!そんなこと出来るか!」
隣ではふああと欠伸をしている星月先生。騒がしい陽日先生とそれを交わす水嶋先生。
なんだろう、この不思議な気分は。
「あは、」
「名字?」
私の声に、先生達が動きを止めてこちらを見た。俯いて顔を見られないように、私は続けた。
「先生と親しくなって、何か良いことでもあるんですか?」
「陽日先生と仲良くなりたくないってさ」
「振られたな、直獅」
「なっ!そ、そうなのか……!?」
顔を見なくても、その声だけでどんな反応しているか分かる。
「陽日先生、無茶ぶりばっかり……ふふふ」
もう限界だ、とでも言いたげに。私は口元に手を当てて笑い始めていた。
怒る気にもなれない、強引な手。だけど嫌いじゃない。私の言葉を考えて、きっとまずは先生達と仲良くなろうと言うことなのだろう。まったく、陽日先生らしい。
「名字」
「なんですか?」
星月先生に呼ばれて、私はまだ口元に笑みを浮かべながら見上げた。
柔らかく、そして優しいまなざしで私を見ている星月先生。
「お前、そうやって笑ってろ」
「え?」
ぱちぱち、瞬きをしていたら本当だ、と関心した声音で陽日先生が言った。
「初めて見たぞ、お前が笑ってるところ」
「そ、そうですか……?」
そんなことはない、とも思ったが私は今まで一人でいることが多かった。それを思い出してそうかもしれないと思った。一人でいたら、笑うことも少なくなっていくんだね。
「その方がいいよ、絶対」
水嶋先生の力強い言葉に、私は曖昧に頷いた。どうしよう、動揺している。
目を泳がせて落ち着きがない私を三人の先生達が見つめ続ける。もう、どうしてそんなに注目するんですか!
「恥ずかしいから、見ないでください……」
「あれ、そんな恥じらいも出来るんだ」
「郁、そんなにからかうな」
「でも先生も可愛いと思うぞ!」
ちび先生少し黙って!と赤い顔で睨みつけていたら、先生達が笑った。
そんな笑い声で包まれた保健室。ガラリと扉が開いて、一斉にそちらに目をやった。