静かな図書館に移動してお目当ての本に目を通すも、私の心はざわついたままだった。白銀先輩の言葉が頭から離れず、私の想いは迷惑なものでしかないのか、と考える。
ああ、そもそもこれが本当に恋なのかってところから怪しいのかははは。全然笑えない。
クリスマスパーティーの煌めきは今でも思い出せる。月子ちゃんの手を引いて歩く一樹会長はものすごく素敵だった。私もあんな風に歩いてみたいって、月子ちゃんが羨ましいと思った。私が一樹会長を好きなわけないだろ、すぐに否定した。勝手に可能性を摘み取らないで下さいって。
はあ、もどかしくて苦しいな。自分の想いがよく分からないなんて。


「だから、これにはこの公式を当てはめるんだって!」

「ええっと、それってさっきとどう違うんだ?」

「柑子、俺目が回ってきた」

「はいはい。もう少しで休憩にするからこのページまでやってみて」

「みんなもうちょっと静かにしなよ〜」


それはそうと、さっきからうるさいな。ちらちら視線を受けていることに気付いてシーッと人差し指を当てるもすぐにまた騒ぎ出す集団。同い年、かな。見たことがあるような、ないような。
勉強するのは良いが、図書館では静かにしてもらいたいものだ。って、私全然変わってない。友達といたらつい話しちゃうよね、ぐらい思えばいいのに、それより先に苛立ちの方が浮かんでしまった。
今悩んでいるから、そう信じたい。友達が出来て私の心境にも変化があって欲しいのに。


「なあ、あいつらを睨んでるのって名字だろ?」

「本当だ。うわ、すっげぇ怖い顔。やっぱり俺は夜久の方がいいなー」


笑い声さえ拾って、私はゆっくりと本棚が並んだスペースに身を隠す。心臓がうるさい。
図書館では静かにしてほしい、そんなことを考えてから、涙が出そうなことに気付く。いつまで経っても私は私のまま。それはもちろん良い意味でも、悪い意味でも。
薄れてきても劣等感は相変わらずだし、顔も知らない奴に言われたことにも一々傷付くなんてばかじゃないか。無意味だ。
選ばれたいわけじゃないのに、否定されたくもない。それが私だって今では分かってくれてる人も多いのに、どうしたって気にしてしまう。月子ちゃんが完璧だからとかそう言う問題でもなく、こんな私が好かれる理由なんてないんだから、巻き込むなんて悪いじゃないか。
自分のことを嫌いな私が誰かを好きになるなんて、だめだったのかな。


「ばっかじゃねぇの」


ここまで聞こえてきた声に顔を上げ、辺りを見回す。まるで私を叱咤するように思えたのに、全然意味は違っていた。不機嫌そうに、さっき私が見ていた集団の中のオレンジ色の髪をした男の子が、金色の髪の男の子に同意する。


「だよな。騒いでたのは俺達なんだし、なんでそいつが出てくるんだって話」

「これ以上迷惑を掛けないように、移動しようか」

「そうだね。そうしようか」

「あー!走りてぇ」


眼鏡を掛けた男の子が仕切り、すぐに片付けを始めたピンク色の髪の男の子が立ち上がる。身体をほぐすスポーツ少年のような男の子がうるさい、と怒られていて涙目になっていた。
あれは多分、私のことを言っていた。私だって気付いていたのかは分からないけど、それでも、話したことなんてない私のことを悪くは言わなかった。いつまでも心が狭いのに、あなた達のことを睨んでいたのは本当なのに。
一度ついたイメージを拭うのは難しいし、勇気がいることだ。でも何もしないで理解してもらおうなんて無理な話ですよね、水嶋先生。
大事にしよう。私自身も、笑い掛けてくれる周りの人達を。


「あれ」


そっと近寄った、彼らがいたテーブルには残されたノートが一冊。忘れものだと思いながら拾い上げたら、図書館の人が姿を現した。ようやく帰った、と言うような顔をしていたので状況の把握は早い。どうしようか、と零す姿に私は買って出る。これも前の私だったら絶対嫌がっていたこと。
少しずつでいい。とにかく進んでいきたいから。




「あのっ!」


飛び出すように外へ出て先程の集団を探す。まだ遠くへは行っていなくて、個性的な髪色はすぐ見つけ出すことが出来た。声を掛けるとき、やっぱり少しだけ怖かった。
私なんかが行っても迷惑なんじゃないか、こういうとき月子ちゃんなら笑顔で感謝されるんだろうけど、私は、っていつも卑屈だった。
今も少しだけ、そう思う。でも、それじゃだめなのだ。


「ええっと、栗……田くん?」


勢いのまま出てきてしまったので、肝心なところを見落としていた。五つ分の視線を受けながらも私はまじまじと凝視してから、疑問符をつけながらそう呼んでみる。
反応したのは、オレンジ色の髪。続くのは金色の髪の人。最初に話題に触れた二人組だった。


「それ俺のノート!」

「粟田、名前間違えられてやんの!だっせぇ!」

「うっせー梨本!」


これはいきなりやってしまったかもしれない。初対面で名前を間違えられるなんて、良くない印象しか生まれないじゃないか。からかわれたらどうしよう。


「ご、ごめんなさい!あの、よく見えなくて」

「うわ本当だ!走り書きで汚い〜」


覗き込んできたのはピンク色の髪の人で、「ね」と私に問い掛けてくれた。艶々光るその色に見惚れていたら、逆方向から眼鏡を掛けた人が「これじゃ無理ないね。君は悪くないよ」と言ってくれる。この部分は別にフォローしてくれなくてもいいんですが。


「お前らうるせー!」


あの、本当、すみません。


「どうぞ」

「ああ。もしかして図書館から追い掛けてきてくれたのか?」

「サンキュー!あれ、もしかしてお前って、名字?」

「……そうですが」


粟田くんがにっかりと笑ったかと思ったら、今度はわなわな震えていく。それも私の顔を見て。
力の入るノートが歪んでいき、見かねて声を掛けようとしたら、何やらご乱心。


「やべぇ俺今名字と話してる!」

「今更なんだよ」

「話し掛けられた時に気付きなよね」

「同じくそう思う」

「俺も驚いた!遠くから見掛けたことしかなかったもんな」


友好的なのは嬉しいけど、別に悪い印象を持たなかったのならそれでいいけど。それでも、この、求められるような目には何て返したらいいのか分からない。
自分から話しかけておいてあれだけど、今一つ社交性が足りない私には急展開すぎると今更感じた。ならばもう、逃げるのみ。


「じゃあ、私はこれで!」


話ならまた後で会ったときにしよう。その方が弾む気がするし。小走りで彼らの前から消えていく、そう予想していた。
後ろから呼ばれた名前に振り返る。彼らは笑っていた。手を振って、ありがとうやバイバイと言った類の言葉を掛けてくれる。それらに倣うように返し、今度はゆっくりと歩いていく。
何も知らなくても、分かってくれる人もいるんだ。ぽかぽか、満たされたような気分だった。

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