遅れて入っていった私はクラスメートがどこにいるのか分からず、見回しても顔見知りを見つけることが出来なかったので適当な場所で今か今かとその瞬間を待つことにした。
「ではお待ちかねのメインイベントだ!」
不知火会長の挨拶の後、舞台袖から月子ちゃんが出てくる。ベツレヘムの星をライトアップさせるのが彼女の役目。皆が月子ちゃんの登場に浮き足立つ。
伸ばされた不知火会長の手を取って、壇上へと。
月子ちゃんと不知火会長の言葉が続く。
顔を見合わせて笑い合う二人がとてもお似合いに見えて、私はなぜか胸がぎゅっと締めつけられたような気がした。
ツリーへの道を歩んでいく月子ちゃんはいつも通り。見惚れてしまうほど絵になって、きれいだ。
でも私が見つめているのはそこだけじゃなかった。彼女をエスコートして進む不知火会長。
羨ましいと、小さく零してしまって、私は自分の気持ちに待ったをかける。
今、何て?
その瞬間、クリスマスツリーが点灯された。歓声が沸き起こり、私一人が下を向いていて、取り残されているようだった。
掻き消されやしない。動揺しているのに、不知火会長の声だけは拾おうと意識が傾いている。
「乾杯ー!!」
高らかに響くその声を聞きながら、私は立ち尽くすだけ。
どうして、私は、なぜ?
「……名前先輩」
私のことをそう呼ぶ声には、すぐに気付くことが出来た。でもタイミングが悪い。
ゆっくりと振り向いて、こちらをまっすぐに見つめている梓くんと目が合う。
「あ、梓くん……」
抑揚のない声で返した瞬間、彼が苛立ったままこちらに歩いてくるように見えた。
一歩だけ後ろに下がる足。けれど、逃げられない。
「今、何を考えてましたか?」
俯きがちに、その言葉は届けられた。打ち明けられるわけがないと、私は必死に返答を探す。
「え……梓くん、久しぶりだなぁって」
「誤魔化さないでください」
自分もそうするから、目を背けないでくださいと、そう言っているようだった。
私の両肩を掴み、今度はしっかりと見つめる梓くんの表情は、歪んでいた。
苦しそうに。今でも迷っているみたいに。
「もう一度、聞きます。今、誰を見て、どんな気持ちになったんですか」
この曖昧な答えでも彼は求めているようだった。意識していたのは確かだけど、それでもまだ、待ってほしい。梓くん、と懇願するように呼ぶ。
声に出した言葉は呪いになってしまう。
「僕には名前先輩の会長を見る目が、恋焦がれているように映りました」
梓くんの直感が正しいとか、正しくないとか。そんなに簡単にこの感情の名前は出せないと、本当にそう思っていた。
なのに、彼は私に自覚させようとしている。
「早とちりだよ梓くん……」
「なら教えてください。僕の質問にはまだ、答えてもらっていませんから」
月子ちゃんが羨ましく見えた。あんなにきれいな場所で、不知火会長に手を引かれて歩けて。皆が祝福しているみたいに、誰もが黙る理想の二人だと、そんなことを勝手に思って胸が苦しくなった。
「別に、私は、不知火会長のことを……」
「さっさと伝えたらどうですかっ」
ぱちんって弾けたように、彼と私が離れていく。いつもの冷静さを失っている梓くんは、困惑していた。それは私にも分かる。少し落ち着こうと、声を掛けようとする。
そうすれば彼は申し訳なさそうに笑ってくれるはずだから。
「おい、お前ら!」
鋭く刺さる声に、梓くんと同時にそちらを振り返る。すぐ近くに不知火会長がいて、溜め息を吐きながら私達の間に入ってきた。
不知火会長の声に反応する人の注目を浴びるが、すぐに興味は別の方に向いてしまう。
「何言い争っているんだよ、こんな場所で」
各々が楽しんでいる空間で、会話までは聞き取れなかったはずだと。
「今の、聞いていましたか?会長」
「……まあな」
「え!?」
なんで?どういうこと?え?ええ!!
内心パニックになっている私を置いて、二人はまるでそんなこと知っていたと言うかのように話を進めていく。
「ずっと見てましたもんね。名前先輩のこと」
強気に笑い掛ける梓くんは、不知火会長が近くにいるのを知っていてあんなことを?どうして、そんな。
ねえ、悔しそうに睨みつける顔で、何を思っているの。
「こいつの代わりに答えてやるよ。名前が俺を?まさか、そんなわけないだろ」
はあ、と重苦しい空気を吸って、不知火会長は言葉を吐き出す。
この場を抑えるためのいい方法だと思うのに。それをどうして私が、ぐちゃぐちゃに掻き乱してしまうのだろうか。
そんなわけない。それは、私だってそう思っていたはずなのに。
「どうして、不知火会長がそんなこと言うんですか?」
もっと冗談めかして笑っていたら良かったのかな。二人の視線を受けながら、私の見る景色がどんどん歪んでいく。ぽたりと落ちたが最後。
「私だって分からないのに、なんでっ……!」
不知火会長の言葉がぐるぐるとエンドレスリピート。胸が痛くて、苦しい。
分かっていないのは皆一緒。でも、聞きたくなかったと叫んでいる。
そのまま、私はもうその場にはいたくなくて逃走。なんだこれ、自分で自分が分からない。
追い掛けてくる気配をひとつ感じながら、とにかく走ることだけに専念した。