街の景色がどんどん遠退いていく、それでも私と水嶋先生は歩みを止めない。
そしてようやく到着し、私は高い声を上げた。


「やっぱりきれいですねー!」


一面のコスモスを前に走り出す。
さっそくカメラを手に撮影モードに入る私の後ろを、水嶋先生はゆっくりと近付いてきた。


「まさか君と来ることになるなんてね」

「え、水嶋先生知ってたんですか!?」

「昨日、散策していたときにね」


へえええ、と長い感嘆の声を漏らす。なら黙っていた意味ないじゃない。
せっかくなら驚かせようと思ったのにな。


「私も昨日、街の人に聞いて。穴場だからぜひって教えてもらったんです」


そう言えば、途端に水嶋先生の顔付きが変わった。
悟られるとは夢にも思っていなかった私は、きょとんとしながら水嶋先生の言葉を待つ。


「それ、好きな人と、って言われなかった?」

「うぐ。どうしてそれを……?」


わざと省いた部分を言い当てられ、私は詰まってしまった。


「ここ、恋人同士で来ると永遠に結ばれるって言い伝えがある花畑なんだって」

「なるほど」


テンション高く語ってくれた店先のおばちゃんを思い出す。高校生!いいわねーと昔に想いを馳せるおばちゃんに教えてもらったこの場所。
青春してる(と思っている)私に良いことを教えてあげる!と意気揚々としていたけど、そのあまり一番肝心なことを伝え忘れていたらしい。

ここはそういうスポットなのか、と私は改めて頷いた。単に写真撮影に良いと思っていただけなのに。


「って、陽日先生に教えてもらったんだけどね」

「え」

「好きな子と来るつもりだったんじゃない?」


そして暴露された陽日先生の実態。意外とロマンチックだな、誰かを誘うつもりだったのかな、と色々巡らせるのだがすぐに面倒臭くなった。


「まあ、それならそれでいいじゃないですか」


と、教えてくれた水嶋先生には悪いがその話にはあまり乗らなかった。
いつか大切な人と陽日先生が来たのなら、そのときに伺いたい話だと思ったから。


「見つかったら、僕達もその言い伝えを信じて来ましたって言えばいいよ」

「それ何の誤魔化しにもなってません。むしろ悪化してます、嘘だし」


今この場所に、陽日先生が来たら。
リサーチか意中の人か、もしくは今の私達みたいにか。考えて、ハッとなる。
いけない、さっきどうでもいいと思ったのに水嶋先生の口車に乗せられている。


「私はそれ目的で来たんじゃないし、恋人以外と来たらその言い伝えは何の効果もありませんよ」


事実その通りだと思うし、下心などない。私はシャッターを切り始める。
華々しく咲いているコスモスがきれいだ。


「好きなの?コスモス」


隣に座り込んでくる水嶋先生の表情はいつもより穏やかだった。
癒される風景を前に心が落ち着いているのだろう。


「私より両親の方が好きですね、植物全般に到ってのことですけど。だから写真を送りたかったんです。これといって回りたい場所もなかったですし、カメラもこの修学旅行のために買ったんで」


思いを素直に口にすれば、水嶋先生は柔らかく笑ってくれた。
次々シャッター音を鳴らす私の横で、それ以降黙ってしまう。

でもそれは私のことを思ってくれてということに気付いていた。
水嶋先生は、私が満足するまで付き合ってくれた。



ようやくレンズから視線を外す私を前に、水嶋先生がからかうような口調で言う。


「残念だったね、相手が僕で」

「一緒に来たってことですか?それ、元から一人で来るつもりだった私に言います?」


むしろ感謝しているぐらいですよ。
そう言えば、水嶋先生は声を上げて笑った。私もそれにつられて笑みを刻み、カメラをケースにしまった。

そして改めて、「ありがとうございました」と水嶋先生に頭を下げる。


「いいよ、お礼なんて。僕も楽しかったよ」

「それなら、私も良かったです」


来てよかったなぁ、と最後にコスモスの花畑を目に焼きつけていたら、急に水嶋先生が真剣な声で私の名を呼んだ。


「ねえ、名前ちゃん」


コスモスから水嶋先生に視線を映す。
何を言われるかなんて予想もできなくて、私は無心で彼の言葉を待った。


「好きな人と、って言われて、誰かを思い浮かべた?」


流れた話がまた戻ってきて、私は乾いていた唇を舐めた。
そして冷静に取り繕って、はぐらかすように笑いかける。


「いきなり、どうしたんですか」

「名前ちゃんが恋愛をしてるかどうか、ちょっと聞いてみただけだよ」


何を思ってそんなことを聞くのだろう、と少し気になった。
けれど聞けるはずもなくて黙っていたら、さらに話を掘り進める水嶋先生。


「で、どう?」


精一杯時間を掛けて考えて、私はその答えを示す。


「……そんな人、いませんよ」


数秒見つめ合えば、水嶋先生はいつものような雰囲気で「そっか」と言った。
そしてこれ以上触れるつもりがないと言うように背を向け、私に促す。


「じゃあ、戻ろうか」

「はい」


私も声に出して頷き、水嶋先生の隣に並んだ。

最後に見たコスモスの色がやけにまぶしく感じて、私は街に戻るまで水嶋先生の言葉ばかり反芻していた。

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