本日、修学旅行の自由行動の日。
まさかこんなにわくわくする旅行になるなんて、前の私は夢にも思わなかったであろう。

一人仏頂面で行動する私。周りの目をそこそこ気にして、それでも虚勢を張って一人で歩き続ける。
そんな想像をしながら、私は足取り軽く列を抜けた。


「お、名字ー!」


さあ自由行動だと騒ぎ出す生徒達。それに倣って私も行動を始めようとしたとき、髪結くんに声を掛けられた。
彼に近付けば、おそらく一緒に行動するであろう髪結くんの友達の視線も注がれる。


「どこ行くんだ?」

「内緒ー」


にしし、と悪戯心で笑えば、髪結くんは特にそれを不快に思うわけでもなく。むしろテンションが上がっているから、そういう類には浮き足立つのだろう。


「へえ。っていうか、誰と一緒に回るんだ?」

「一人だけど」


明るい髪結くんのトーンに合わせ、私もさらりと言い放つ。
少し間を空けて、彼の声がロビーに響き渡った。


「…………はあ!?」


なんだなんだと注目を浴びるけど、私はそんなことより髪結くんの反応がおかしかった。
信じられないと言った風にこちらを見るので、小さく首を傾げて彼の顔を覗き込む。


「驚きすぎじゃない?」


そうすれば、途端に彼は罪悪感でも覚えたような表情。慌てたように、彼は周りの友達と私を交互に見遣る。


「いや、だって……!早く言えよ!俺らと一緒に」

「ちょっと待って。ちがうの、断ったのは私。月子ちゃんにも誘ってもらったし、クラスメートの子にも言ってもらった」


私も彼も必死。
決して強がりではなく事実なので、私はしっかりと髪結くんを落ち着かせる。


「じゃあなんで?」


それでも引かない彼に、私は胸の内を伝えた。


「行きたい場所があるから。付き合わせるのは申し訳ないと思わない?」

「……変わってるな、お前」

「楽しそうでしょー。写真撮ってくるから、見せてあげるね!」


たっぷりと時間を掛けた後、私の表情を見て彼は頷いた。確かに、という声が私を理解してくれているようで嬉しくなる。
そう、私は元からこういう奴なんです。


「夜久、それで納得したのか?意外と頑固そうだけど」

「早めに帰ってきて、お土産一緒に買う約束はした」


いやぁ、あのときの月子ちゃんは結構怖かったな。錫也くんとダブルで攻めてくるものだから余計に。


「へー。なんか名字はそれでいいって顔してるけど」

「私は一人でいいんだよ?」


その場所に行ければ満足だけど、付き合わせて時間を気にするより好きなだけ満喫したいと思うから。
誰かと一緒にいるのは楽しい。でも一人で気ままに行動するのも嫌いじゃない。


「でもなんか俺が納得いかない!あ、陽日先生ー!名字が青春を謳歌せずに前みたいに単独行動しようとしてますー!」

「ちょっ」

「何ぃ!?名字、先生は悲しいぞ!ようやく学生の本分を理解してくれたと思ったのに!」


早いよ陽日先生!そして泣き付いてこないで面倒臭いから!

そして私は、髪結くんにした説明をもう一度陽日先生に伝えることになったのだった。


「だから陽日先生、私は大丈夫ですよ。その証拠に見てください髪結くんを。心配してるとか言いながら私を置いて行っちゃいました」


ぞろぞろとロビーから出て行く生徒達の中、わいわいと去っていく髪結くん達ご一行。
私も早くあの波に乗りたいなぁ。その前に、この頑固な陽日先生を何とかしなくては。


「うーん……」

「なんなら陽日先生が付き合ってくれるんですか?」

「んなっ、ばっ!俺とお前が一緒にいたら……!」

「っていうより、陽日先生は天文科の生徒のお守りと巡回がありますよね」


人気者の陽日先生のことだから、あちこち引っ張りだこなんだろうな。
何を考えていたのか、「ま、まあな」と目を泳がせている陽日先生。
そもそも、一人の生徒のために先生がつきっきりとか、ないね。断言できる。


「名字が行きたい場所なら好きに行かせてやりたいけど、一人で行動するって知ってみすみす見送るのもなぁ。なんか教師として最悪じゃないか?」

「はあ。じゃあ聞かなかったことにしてください!いってきま、ぐえ!」

「ちょっと待ったああ!話はまだ終わってないぞ!」

「陽日先生ストップ!カメラの紐で締まってる締まってる!」


提げていたのは修学旅行のために買ったカメラ。
そして陽日先生は逃がすまいと咄嗟に首元の紐を掴むものだから苦しくて仕方ない。
ギブギブ!あれ、なんか懐かしいなこのやり取り。


「やっぱり直獅が一番騒がしいな」

「……まったく、生徒達はもう行っちゃいましたけど。何してるんですか?」


そんな私達の騒ぎを聞き付けたのか、生徒達を見送った先生2人が呆れた顔をしてやってきた。
私はのんびりと、先生達に向き直る。


「あ、星月先生と水嶋先生」

「いや、こいつがまた……言ってやってくれよ、琥太郎センセー!」

「なんで俺が。どうしたんだ、名字」

「陽日先生が強情で私を自由にさせてくれないんです」

「名前ちゃんに縄でもつけて歩きたいんですか、陽日先生」

「……捉え方によっちゃ、あながち間違いではないな」

「はあ?」


陽日先生は意味不明ということで、私に突き刺さる星月先生と水嶋先生の視線。
渋々、私は本日3度目になる説明をしたのだった。


「それなら良い考えがあるよ」


私が言い終え、どうすっかなぁと両手を組んで考え込んでいる陽日先生を一瞥したのは水嶋先生だった。
その様子を眺めていたら、戻ってきた目と目が合って、微笑まれた。


「僕が一緒に行ってあげる」

「え」

「なっ」

「ああ、それがいいんじゃないか?」


星月先生だけが余裕に構えていて、それでいいのかと私は首を捻った。
隣で狼狽えている陽日先生の振動が伝わってくるが、それほど焦る彼の心理はよく分からない。


「ええええ琥太郎センセまじで言ってるのか!?」

「それなら直獅も安心だろ?大丈夫だ、郁なら」


そう言うが、まだ納得していない様子の陽日先生。


「でも水嶋と名字を二人っきりに……!ううーん」

「別に変なことしませんよ」

「信用ならん!」


なるほど、そういうことか。
ようやく理解した私は笑いながら先生達の会話に口を挟んだ。


「あの、行きたい場所は一ヵ所なのですぐにこっちに戻ってきますよ。月子ちゃん達とも約束してますし」

「はい、決定。じゃあさっそく行こうか、名前ちゃん」


目配せをして、歩き出した水嶋先生の背中を追い掛ける。
やっと出発かと思いながら、私はここまで付き合ってくれた先生達それぞれに言葉を残した。


「なんかすみません。じゃ、いってきます」

「気を付けてな」

「水嶋頼んだぞー!」


大きく手を振る陽日先生と、若干眠そうな星月先生に見送られ、私達はロビーを出た。

まっすぐに歩いて行く水嶋先生の隣に並び、私は改めて付き合わせて良かったのか聞いてみた。


「水嶋先生、本当にいいんですか?」

「気にしなくていいよ。それに、君が一人で行こうとしてた場所って言うのも興味あるしね」


嫌な笑い方をされたので、私は拗ねるように返した。


「変な場所じゃないですよ」

「本当?」


もちろんですと頷き、その道のりを進む。
カメラを示し、私は水嶋先生の顔を見て笑みを浮かべた。


「写真に収めたい、素敵な場所です」



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