その数日後だった。
全校生徒が体育館に呼び出され、壇上には星月先生が立っていた。
スーツ姿も格好良い、だけどいつもの星月先生が堂々と表明する。
理事長と保険医の仕事を両方こなすと、そう言った。
ざわざわと騒ぎ始める生徒達だったけど、すぐに星月先生への声援に変わる。
慕われているということを改めて実感できた。
下りてくる星月先生はあっという間に囲まれていて、私はその様子を見ながらおどおどしていた。
私だって近付きたい、ちゃんと話したい。ただあの集団を割って彼のところまで辿りつけるだろうか。
思いが通じたのか、あまりに私が滑稽だったのか。
通してくれ、と生徒を制して星月先生が私の傍までやってきた。
「ずいぶん挙動不審だな、名字」
近くで見るスーツ姿の星月先生は、正直反則だと思った。何を着ても似合う、そして白衣姿とはまたちがった色気が漂う。
私は目を逸らしながらぼそぼそと言った。
「まさか、両方やるとは思ってませんでした」
「意外か?」
これからはもっと大変になるだろう。だけど生徒のことを考えてくれる優しさは変わらない。
星月先生にとって、この選択が最良であると私にも分かった。
「びっくりしましたけど、でも、星月先生らしいと思います」
本当に格好良いなぁ、と思う。私には関係ないなんて、まさにその通りじゃないか。
一人で空回りする私なんて、要らないに決まっている。
「お前の言葉で分かったんだよ。何をしてても、俺は俺だ」
それは、私の中の渇いた葛藤に水を注ぐような言葉だった。一気に潤い出す感情は途中では止まらない。
あんな私の言葉でも、届いたって言うのですか?
「理事長室に、遊びに行ってもいいですか……?」
震えてしまう声音は、情けない確認を求めていた。
当たり前だ、と星月先生が笑う。
「俺に用があるなら、いつでもどこでも会いにこい」
力が抜けそうなほど安堵する。そして堪えきれなかった私の涙がついに零れた。
「星月先生ぇ……」
「お、おい何で泣くんだ?」
まさかここで泣き出すとは思わなかったのだろう。珍しく慌てた様子の星月先生の気配を感じながら私は涙を拭う。
嬉しかった、笑いたかった。
その表現は、涙に変わってしまったけど。
「おー、琥太郎センセーが名字を泣かしてるぞー!」
「琥太にぃ、いくら名前ちゃんだって女性を泣かせちゃだめだよ」
「どういう意味ですか!」
いつの間にか人が集まってきていて、恥ずかしさのあまり私は涙声で抗議する。
止まらない涙のように、さらにギャラリーは増えていく。
「感激の涙だなぁ、名前」
「大丈夫ですか?」
「ぬはは!名前の目が真っ赤っかなんだぞ!」
ああもう、なぜ集まってくる生徒会!
あの日振りの不知火会長は何事もなかったかのように私を見るし、青空くんのハンカチを差し出してくれる仕種は優しすぎるし、翼くんはムカつくぐらいお腹を抱えて笑ってるし。
どうしてどうして、私以外の人は皆笑っているの。私だけ泣いているなんてどういうことなの。
こんな素晴らしい瞬間に笑っていられない私は、どこまで空気を乱せば気が済むんだ。
「ありがとう、名字」
星月先生の言葉と共に頭に降ってきた温かさに、私の涙腺はさらに崩壊してしまう。
また、彼らから笑い声が上がった。
私こそごめんなさい。
そして、これからもよろしくお願いします。