噂話に疎い私は、それを聞かれたとき最初はなんだか分からなかった。


「開かずの間?」

「そう、5階にあるんだよ」


他の扉と装飾がちがう、特別に感じられるあの場所は、どんな部屋なのだろう。

私にそれを楽しそうに話すクラスメートに投げ掛ける。
で、それが突然どうしたの、と。


「ああ、何でも星月先生が出入りしてるみたいなんだよなー」


これは秘密だけどな、と教えてくれる彼。
私は眉を顰め、その言葉を反芻させた。

星月先生が、なぜ?





「ねえ宮地くん、開かずの間って知ってる?」


休み時間、私は宮地くんと廊下で立ち話をしていた。
何でもオススメのお店に新しく入ったクッキーを、味見させようとわざわざ持ってきてくれたらしい。

そのまま窓際に身体を寄せ、なぜか2人で話をしていた。この前から、私達は友達になったみたいだ。


「俺も噂程度だ」

「だよねぇ」


宮地くんも噂に疎そう、というより興味がなさそうだ。
私は気になっていたこともあり、最新の話題なのかと思って振ってみるも空振り。

さほど気にしない。
沈黙も、なぜかそれほど怖くない。


「名字は、何か知っているのか?」


開かずの間の話だろうか。宮地くんが乗ってくるなんて珍しいな、と思いながら私はうーん、と誤魔化すように唸る。
まだはっきりとしたわけじゃないし、勝手に囃し立てるのは申し訳ないと思った。


「何も。ただクラスメートが話してくれたから、ちょっと気になって」


そうか、と宮地くんが口を噤んだ。
もうこの話題は止めておこうか。ガサリとクッキーの袋が揺れたとき、「それいいなぁ」と声がかかった。


「羊!」

「ねえ、ひとつちょうだい」


伸ばされた手を右に避け、今度は身体ごと左に避ける。追い掛けてくる羊の執拗さに涙が出そうになる。
助けてー!と後ろから来た2人に求めるも、哉太はカラカラと笑い、錫也くんはのんびりと宮地くんに挨拶していた。


「名前のケチ」

「……宮地くん、これひとつ羊にあげてもいい?」


溜め息をつきながら、本当は嫌なんだけどというオーラを出しながら宮地くんに目を向ける。
ああ、と戸惑いながら頷いてくれたのを確認しながら封を切る。はい、と羊の前に持っていけば彼は素直に「ありがとう」と言いながら一枚摘んだ。

リスのようにもすもすと頬張る姿は可愛いものがあり、私はつい「美味しい?」と聞いてしまった。
飲み込み、うん、とキラキラした笑顔で頷くものだから折れるしかなかった。

もう一枚羊に盗られてしまったが、まあそんなに一人占めするものでもないだろう。


「あ、錫也くん。文化祭のときはクッキーありがとう!すごく美味しかった」


本当ならすぐにでもお礼を言うべきなのだろうけど。
遅れてしまったことなど気にもせず、良かった、と笑ってくれる錫也くんに私はホッと胸を撫で下ろした。
隣では、哉太が「売れ行きすごかったよなー」と感心していた。


「今度作り方とか教えてほしいな……あ、月子ちゃんが暇かも聞かないとね」


口が滑ってしまって、私は慌てて取り繕う。距離を縮めすぎだ、と言ってから気付く。
けれど、錫也くんにはすべてお見通しだったのかもしれない。


「名前一人にでも教えるし、いつでもいいよ。食堂も借りられるしね」


私は口をぽかんと開けてしまった。アホ面で見上げる私を錫也くんはくすりと笑う。
優しいなぁ、と素直に思ってしまう。


「かっこいいねぇ、錫也くん」


少し前までは話したことすらなかった相手で、もっと言うなら憎んでいた相手だったのに。
私だったら、こんな風に接せられるだろうか。
答えは分かっている。たぶんノーだ。

だから私は、錫也くんを尊敬のまなざしで見つめていた。


「えっ」


うんうん、と頷きながら感慨深そうに言う私の前で照れてみせる錫也くん。
ほんのりと染まった赤い頬を茶化すように、声音を変えた哉太と普段通りの羊の声が続く。


「かっこいいね、錫也くぅん」

「かっこいい」

「からかうな!」


珍しい光景だと思った。連なっていく笑い声。
ふと宮地くんを見てみれば、穏やかな表情で彼らを眺めていた。

本当に、嘘みたいで、不思議。
今私がこうしてこの輪の中にいること、皆の笑った顔を間近で見られること。


あまりにも楽しくて、私は先程の噂話のことなど忘れてしまっていた。


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