「……!な、なんだ……?」


廊下を歩いていた直獅は、突然身震いをして後ろを振り返った。何もいない、誰もいない。
だけど確かに悪寒を感じたのだ。


「どうしたんですか?」

「い、いや……何でもない」


隣にいた水嶋の大した心のこもっていない言葉に返して、止めていた足を再び動かそうとしたその時だった。


「せ・ん・せ」


ひい、と悲鳴をあげてしまいそうなほどこちらは心のこもった声音だった。
聞いただけで女と分かるその声。この学園に女子生徒は二人だけ。


「ちょっと面、貸してくださいよ」


その怖いほどの笑みを見て、直獅は頷くしかなかった。






変なところでデリケートなんだから、と私は陽日先生に連れられて保健室に来ていた。
誰に聞かれるか分からないから、とわざわざ連れてこられたのだがここには星月先生がいるだろうし、隣にいた水嶋先生は空気を読まずに入ってくる。ちょっと陽日先生、ちゃんと追い払ってくれるんでしょうね?


「琥太郎センセ、ちょっとここ借りるぜ」

「直獅、郁。それに、名字」


すんなりと続く言葉にびっくりしたが、私は視線が合った星月先生に軽く頭を下げた。
名前、知ってるんだ。教師だからそれも当たり前、なのかな?と戸惑った。


「で、どうしたの?」


えっ、と上擦った声を上げれば水嶋先生が怪訝そうな顔で「陽日先生に用があるんでしょ?」と言った。それはそうだが、なぜあんたに言われなければいけないのだ。
出て行く様子もない星月先生と水嶋先生の視線が突き刺さる。

ちくしょう、なぜ私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ、と陽日先生をキッと睨めば彼は苦笑いして「はは、誘われた、か?」と途切れ途切れに言った。それは私の顔が怖いからですか?すみませんね、元からですよ。


「陽日先生、余計なお世話だと言ったつもりだったんですが伝わってなかったみたいですね」

「い、いや!俺はその方が名字にとって良い方向に行くと思って……!」

「それであの失礼な人を?普通だなって言われたんですけど」

「ええええ!?」


誘うんなら褒めると思うんだけど、普通。ああもう普通の意味が混同しちゃうよ。
とりあえず、彼は陽日先生に頼まれて渋々私を誘った。目の当たりにして、夜久さんと比べた。それだけで私は彼に近付きたいとすら思わなくなった。


「名字、でも友達がいれば楽しいぞ?そんなのお前も分かってるだろ?」


青春だ、と楽しそうにはしゃぎ回るいつもの陽日先生とはちがう、必死な顔。彼は私のために、私を心配しての行動だったのだろう。
だけど私は、もう一年こんな状態で過ごしてきたのだ。今さら、変わりたいとも思えなくなってきた。


「上辺だけの友達ならいりません。一年間一人でいたんです、もう慣れました」


それも私の本音。
一人は寂しい。だけど一人は楽。
両方兼ね備えて過ごしてきた私は、今さら輪の中に入りたいとも思わなくなってきた。


「私は生徒会に入るつもりはこれっぽっちもありません。陽日先生も私の意見を無視して勝手に話を進めないでください」

「それは……悪かったと思うよ。だけど名字!」

「用件はそれだけです。失礼します」


ここまで言えば陽日先生からあの生徒会長に話がいくだろう。
まったく、どうしてこんなことになったんだが。大体生徒会には夜久さんがいるじゃない。これ以上の劣等感なんて嫌だよ私。


「待て、名字」


帰ろうとしていたときに呼んだのは星月先生だった。足を止めて、振り返る。
腕を組んだまま、星月先生は外を一瞥して、私に視線を寄越した。


「事情は分からないが、もう日が暮れる。送っていくから」


星月先生が?とも思ったが、そう言った後に彼の目が陽日先生や水嶋先生を見るから私は勘違いをしてしまった。いや、実際のところは分からなかっただけだ。
自分で言ったくせに、結局はどっちかに押しつけようとしている。
もしかしたらその場を丸く収めるために、目でそれでいいな、と伝えていただけかもしれないのに。

どうせ私なんかそんな柄じゃありませんよ。頭に血が上っていた私は不機嫌な顔のまま必要ないです、と言っていた。


「別に危ないことなんてないですし。では」


追ってくる声はなかった。バタン!と子どもみたいに大きな音を立ててドアを閉めた。

我ながら、可愛くない。

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