当初の予定より早まった休憩時間。
あんなに楽しみにしていたのに、今の私には髪結くんの魔法は効いていなかった。

俯いて歩く姿はなんて情けないんだろう。こそこそ生徒たちの声が聞こえたので、唇を噛んでから顔を上げた。私はお化け役じゃない。


「お、名字!後で占いハウス行くからな」

「遊びに行くって伝えておいてー」


待ってまーす、と持ち合わせていない愛想を必死に振りまく。どうやら通用したみたいだ。
上機嫌で自分のクラスに入っていく彼らを見て溜め息。まったく、不知火会長のせいだよ。


「……意味分かんない」


彼の行動は、言葉は、いつも私を振り回すだけ。
自分の思うままに動くのは構わないけど、どうせならちゃんと分かるように説明してほしい。
あの、儚い視線が示す真実は、私に何を伝えようとしてるの?


「おい、あれ誰だよ?どこのクラスの模擬店?」


やはりこの格好は目立つらしい。ちらちら見られているので私は考えるのを止めた。
特製の看板を掲げ、営業スマイルを作った。


「占いハウス、ぜひ来てくださいね」

「は、はい!」


もう自棄だ。そうでなくても不知火会長のせいでクラスの皆に迷惑をかけたので、少しでもお客さんを呼ばなければ。
そうだそうだ、今はそれだけを考えよう。


「あれ?」


その矢先のことだった。前方に見える人だかり。生徒やお客さんに囲まれている中心、顔を出しているのは星月先生と水嶋先生。見えないだけで陽日先生もいるのだろうか。


「かっこいいから、囲まれてるのかな」


興味本位で、私は近付いた。何が起こっているんだろうってわくわくする。
間から顔を覗かせて、私は仰天してしまった。


「つつつ月子ちゃん!!」


名前ちゃん!と助けを求めるような目。囲まれて困っていたのだろうか、そんな涙目で頬を赤らめるなんて。


「可愛い!やばい超可愛いー!」


まるで囲う彼らの気持ちを代弁したかのようだ。一人きゃあきゃあはしゃぐ私を、やめてと言わんばかりに引き込む月子ちゃん。
いつの間にか私は彼らの輪の中。


「照れないの、月子ちゃん。わー、もっと早く見に来ればよかった」

「もう、名前ちゃん……」


メイド服に身を包んだ月子ちゃんは本当に可愛かった。なるほど、これは囲まれるわけだ。


「名前ちゃん、僕たちのことは褒めてくれないの?」


似合ってない?、と言われ水嶋先生を見上げた。
本当なら嫌味のひとつでも言ってやりたいところだが、今ばかりはそんなこと出来なかった。これぞ文化祭パワー。


「似合ってます!水嶋先生、執事って柄じゃないんですけどね!」


だが口は素直だった。


「じゃあ陽日先生や琥太にぃはどうなるのさ」と不服そうな水嶋先生に倣って、私も彼らを見やる。
そこで気付いたことが先に口から出た。


「あれ、追い払ってくれたんですか?」

「そんな言い方するなよ!まあ、通行の邪魔になるしな」


人だかりが消えて、少しばかりすっきりした廊下。今じゃこちらを見るお客さんはいても、近付こうとする者はいなかった。


「星月先生すごくかっこいいです!」

「ありがとな」


と、今回ばかりは眠くなさそうだ。
ばっちり着こなす2人に囲まれて、キラキラ目を輝かせている陽日先生は自分の順番を誇らしげに待っていた。


「陽日先生は……あ、はい似合ってますよ」

「なんで俺の時だけそんなにテンション低いんだよ!」


だって嘘も方便でしょう。素直に言うなら可愛いだけど、それ言ったところで怒るだけだろうし。


「でも可愛いです。よ、天文科の生徒代表!」

「俺は教師だーっ!!」


面倒臭くなった。


「それより名前ちゃん、綺麗にやってもらったじゃない」

「……自分でやったんじゃないってことはバレてるんですね」

「君がこんなことやるとも思えないしね」


あう、と息を飲む。
そりゃそうだ、私が自分からこんな色気出せたら最初からやっていた。
オシャレに無頓着ってわけではないが、一人で張り切る真似はしない。それは私の性格の問題ではあるが。


「似合ってるぞ、名字。魔女みたいだな!」

「それ嬉しくないです、陽日先生!」


豪快に笑う陽日先生だって全然執事らしくない!怒る私から逃げる陽日先生と始まった追いかけっこ。
バタバタ走っていたら、スッと前に出られた。


「暴れるな。髪が乱れるぞ」

「え!」


ごく自然に。星月先生のまっすぐな目に言われ、急に恥ずかしくなった私は動きを止め、頭に手をやった。


「ほら」


すると、同じように星月先生の手が伸びて、元のように整えてくれた。指先にドキドキして、私は俯くしかなかった。


「やるねぇ、琥太にぃも」

「何言ってるんだ、郁」


それだけのためなのに、私は妙に意識してしまった。ニヤニヤしている水嶋先生に向き直った星月先生。
私はパッと隣にいた月子ちゃんを見る。


「あ、この衣装月子ちゃんが作ったんだよね?」


月子ちゃんもポーッとしていた。おそらく、星月先生の優雅さに見とれていたのだろう。
私の問いに、焦りながら答えた。


「そうだよ。大変だったけど間に合ってよかった」

「すごいね」


こんなすごいの作れるんだ、と感心した。月子ちゃんが頑張ったのだろうけど、私がいくら必死にやっても出来ることじゃないと思った。


「名前ちゃんも着てみる?」

「え、私はいいよ!」


ウキウキと月子ちゃんが迫りくる。それを必死で拒否していると、背後に嫌な気配を感じた。


「意外と名字も似合うかもな!」

「僕も見てみたいな」

「いいんじゃないか?」


そう言ってもらえるのは嬉しいけど、正直はめられてるとしか思えない。
似合わない私を見て笑うつもりなのだろうか、単純に好意なのだろうか。


「でも、やっぱりいいです」

「恥ずかしいの?」


どちらにせよ、私に着る資格はない。頑張って作った月子ちゃんが言ってくれても、私が着るべきではない。


「そうじゃなくて、この服は月子ちゃんが一生懸命作ったものだから、先生たちと月子ちゃんが着てこそ意味があると思うんです」


遅くまで残っていた月子ちゃん。先生たちの分まで作るなんて、相当大変だったと思う。
文化祭でお披露目、それを目指してやってきたのに、少しの時間にしたって私が着るなんて。


「だから大丈夫です。ありがとう、月子ちゃん。先生たちと月子ちゃん、すごく素敵だよ」


なんて恥ずかしいことを言っているんだろう、と自覚はしていた。けれど、それが本心だった。


「名前ちゃん……」


涙ぐむような月子ちゃんの声。
空気が変わっていることに気づいて、私は慌てて取り繕う。


「あ、でもメイド服は一度着てみたいなぁ。月子ちゃんお手製なんて世界に一つしかないし」


おかしく、ちゃっかりと。
けれどわざとだと気付かれているのか、先生たちは茶々を入れない。


「文化祭終わったら、着させてもらってもいい?」

「も、もちろん!」

「ありがとう」


答えるのに必死な月子ちゃんを見ていると、笑みが溢れてくる。本当にまっすぐで、純粋。その気持ちを見習いたい。


「その時は僕も呼んでね」


最初に声を発したのは水嶋先生。頭の回転が早くて助かる。


「えー、何でですか」

「いいじゃない別に。美味しいケーキ買っていくから3人でお茶しようよ」


わあ、と小さく漏らす。明らかに目的はケーキだ。


「お、俺も行くぞ!」


陽日先生もケーキにつられたのか、はたまた仲間外れが嫌なだけなのか。
無邪気に挙手をする陽日先生を見て月子ちゃんは笑っていた。


「じゃあ場所は保健室で!」


私が言うと、星月先生は目をぱちくりさせた。
決定事項、と悪戯に笑う。


「なんで俺も巻き込むんだ」

「不安だからです!」

「皆の方が楽しいですよ!」


私が言って、月子ちゃんも便乗してくれた。
やれやれと言って、結局は付き合ってくれる星月先生。

私と月子ちゃんは楽しみだとお互い顔を見合わせた。


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