「なあ、名字に占ってもらうことって出来ないのか?」


受付の生徒にそう問う客は、少し緊張の面持ちだった。
精一杯聞いてくれたらしいが、特別扱いはしない。

笑顔で、中に案内する。


「順番に、お入りください」


誰に当たるか、それは運次第。










せっかく髪結くんにきれいにしてもらったけど、私の顔や髪は今はマントの中。照明のせいで暗く、下を向いていれば誰だか分からないだろう。

だけど髪結くんにヘアメイクをしてもらったのは決して無駄ではない。
月子ちゃんに可愛いと言ってもらえたことも嬉しかったし、もし知り合いが私の列に並んだら驚かせたいという悪戯心もある。

これは、皆が私のことを考えて作ってくれた演出だから。


私一人に偏らないように、誰に占いをしてもらってるか分からないように。
それがうちのクラスが考えた私のための方法だった。

皆がそれぞれ黒いマントで身を隠し、自分だと悟られないように声音を変える。
高いロリ声を出したり、低い声でぼそぼそしゃべったり。
順番に案内されるので、不正も出来やしない。平等に、偏りなく接客出来ると言うことだ。


とは言っても、私だとすぐにバレてしまう可能性だってある。
だから私は髪を隠し、俯く。低い声を出せるように唸る。


でも無駄じゃない。占いが終われば私には少し時間がある。
その間は他のクラスを見て歩こうと思っているが、その時はこの姿のまま行けと言われた。

良い宣伝になるから、堂々と行ってこいとクラスの皆には言われている。
せっかくきれいにしてもらったんだし、それもいいねと私は頷いた。


去年は本当に寂しかったんだな、としみじみ思う。
ねえ、今の私は優しい皆に囲まれてて、すごく楽しいよ。


「2番に次のお客さん入りまーす!」


ラーメン屋さんのような元気のいい声につられ、私はびくっと現実に引き戻された。
2番は私のブース。

靴の音がだんだんと近付いてくるので、私は顔を伏せた。真っ暗な、自分の膝を見つめる。

カーテンの音がして、その人は椅子に座った。


「何を占いましょうか」


精一杯低い声を出して、その人に問う。前を見ちゃいけないって、意外と辛いと思う。


「おう。それじゃ、俺の未来を見てくれ」


その人は、そう言った。
ああ男の人だ、と思うと同時にカッと胸の奥が熱くなる。間違いであって欲しいと思うのに、どこか自分の中で核心が蠢いている。
声一つで、分かってしまうのだ。

けれど怖くて確認できない私は、そのままやり過ごそうと知らない振りをして占いを始めようとする。
何が悪戯心だ。なぜ堂々としていられないんだろう。

下を向いたまま、水晶に手を伸ばす。だから彼が何をしようとしているかも分からない。
急に手を取られ、私は小さな悲鳴をあげた。

無音になる空間。ああやってしまった、と私は溜め息をついて、不知火会長の顔を見上げた。


「何するんですか」


不機嫌そうに言っても、不知火会長はいつもの調子で笑うだけ。


「俺を騙そうっていったってそうはいかねぇぞ」

「不知火会長、受付で説明ありませんでした?」


探るような真似や直接的なことはルール違反。
乱暴なことをするようなら、先輩後輩関係なしに間に入りますよ、という規則。


「ん?なんだ、可愛い後輩に挨拶しちゃだめだって言うのか?」


この人に何を言っても無駄だ。なんて俺様なんだ。


「もういいです」


一人に時間を割くわけにもいかない。早く出て行ってもらおうと不知火会長を促そうとすれば、彼は改めて正面を向いた。


「それより早く見てくれよ」


占ってもらいに来たんですね、と私はこっそり溜め息をつく。
なぜ不知火会長の相手が私なんだ。


「えっと……」

「お前本当に占いなんて出来るのか?」


正直、得意なわけではない。しかしこうも茶々を入れられては煩わしい。
私は普通に彼に接するノリで牙を向けた。


「失礼なこと言ってないで、黙って見ていてください!」


もう、とぶつぶつ言いながら水晶に映る未来を探る。落ち着いて、精神統一。
息を吐き出して、ゆっくりと目を開ける。


「俺、少し先のことが分かるんだ」


目の前にいる不知火会長の、目が変わっていた。


「はい?なんですか、代わりに自分がやるとでも言いたいんですか」


馬鹿にされているのだろうと思い、私はそう返す。だけど不知火会長が唇を噛みしめたのと同時だった。
違う、と泣き声のように弱々しい声を共に、ぎゅうっと力強く私の手を握った。

振りほどいたら壊れそうなほど、彼にはいつもの余裕がなかった。
どうしたんですか、と傍に寄ろうとしたとき、彼が先に立ち上がった。
びっくりして、私は腰を戻してしまう。

不知火会長の手が、私の方に伸びてくる。
暗がりなのに、なぜこうもはっきり見えるのだろう。そう自覚する頃には、すごく近くに不知火会長がいた。
覗きこまれた瞳、頬に添えた上を向かせるための両手。


「不知火会長っ……!」

「今日のお前、きれいだな」


まったくついていけない。かああっと赤くなるのを隠したくても、こうも近くちゃ逃げ場がない。
言い返したいのに言葉が出ない私をフッと笑う。


「ああ悪い、いつもか」


結局いつもの不知火会長じゃないか!あのセンチメンタルな姿はなんだったの!?
もういい!と、私は一人で片付けた気になる。


「離してください!不知火かいちょ」


息が出来なくなるほど苦しい。見つめられた瞳の色は、悲しげに渦を巻く。
もうやめて。どうしてそんな切なげに揺れた瞳で見つめるの。


「俺はお前と……」


言いかけた不知火会長を阻むように、サッと眩しい光が差し込んできた。


「不知火会長、うちの可愛い占い師さんに手ェ出さないでくださいねー」


にっこり笑顔の髪結くんは、確かに怒っていた。

いつもならそんなことしないだろうけど、状況把握出来ていない不知火会長の首根っこを掴んでずるずるとブースから廊下まで引き摺っていく。
覗けば、廊下には青空くんがいて、不知火会長は引き渡されていた。すごく憐れだ、不知火会長。

その間に、私に駈け寄ってきたクラスメートが耳打ちしてきた。


「大丈夫か、名字」

「驚いたんだろ?先に休憩行ってきていいよ」

「代わりのやつも暇そうにしてたし」


そう言って私を外に出そうとするのは優しさだと分かっていた。
だから私は寂しいけど、とりあえず頷いてその場を任せたのだった。



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