翼くんが一人で私を誘うはずがない。きっと彼は他にも誰かと一緒にいるだろう。
そう思い直して、私は一人ごった返している人の波を掻き分けて待ち合わせ場所へ向かっていた。
皆、楽しそうに笑っている中で、私だけが緊張で強張っているような気がした。
ぼんやりと明るく照らしている提灯を眺めながら立ち止まる。
この辺りにいれば、先に着いている翼くんが迎えに来てくれるであろう。
きつく結ばれた苦しい胸で深呼吸。抑えきれないほど、心臓の高鳴りは止まない。
「名前ー!」
少し先でぶんぶんと手を振ってこちらに走ってくる姿。周りの人が不思議そうにこちらを見るので、私は恥ずかしくなって彼に駈け寄る。
とりあえず目立つから黙ろうか!
「ぬーん!名前かわいいぞ!」
「いたぁっ!」
飛びついてきた翼くんにぎゅーと抱きしめられているが、私には勢いが良すぎてただの苦しいものでしかなかった。
「ぬぬ、大丈夫か?」
「なんとか……久しぶりだね、翼くん」
改めて見た翼くんの浴衣姿はよく似合っていた。
素直にそれを告げれば、にかっと笑った翼くん。ようやく離れて、私は彼に問う。
「翼くん、誰と一緒に来てるの?」
下駄で歩く音と、人々の笑い声が埋め尽くす。笑顔を作っているけど、翼くんが黙っているせいでどんどん不安が胸を占める。
ねえ、と声を掛けた私の手を翼くんが取って、歩き出した。
「あっちにみんないるぞ!」
そのみんなが知りたいのに。
やっぱり翼くんは勘付いているんだな、と思いながら私も後に続いた。
「お、名字ー!偶然だな!」
見慣れた人がいるだろうとは思っていたけど、まさかこのメンツだとは思わなかった。
「陽日先生……に、羊」
みんな浴衣で、羊に到っては両手に食べ物を抱えていた。イカ焼きを口にくわえたまま私に「来てたんだ」と言う。
「ずいぶん、珍しい集まりだね」
ああみんな帰省中だから残っている人だけで来たのかな。
食べながらなので今度は何を言っているのか分からない羊を適当に受け流して、私は翼くんを見た。
大人びた顔が示す答え。私はすぐに気付いた。
「翼、どこ行ってたんだ……」
口が開いたまま、私を見て驚いている彼。なるほど、そういうことか。
納得は出来たけど、素直に反応できるほど私も順応ではない。
「今日は四人で来たんだぞ!ぬはっ」
にかっと笑う翼くんにそうなんだ、と返す。さっきより早く、心臓が動いている。
「名字、浴衣似合ってるな」
「ありがとうございます……陽日先生は、違和感ないですね」
「子どもを見た後で俺と比べるなっ!」
陽日先生をからかっていると、翼くんが便乗するように話に入ってきて、羊も真顔でひどいことを言う。
だけど梓くんだけが、黙っていた。険しい顔をしているわけではないが、口は出さない。
それはおそらく私がいるからであろう。何らかの形で私と話すことを恐れている、そんな風に見えた。
「名前」
ボーッとしていた私に声をかけてくれた翼くん。ハッとして私は彼に向き直る。
「もうすぐ花火が上がるぞ!俺、もっと近くで見たい!」
そう言って、ごく自然に私の手を取った。
確かにこの場にいるよりもずっといいかもしれない。私がいたら、梓くんも疲れてしまうだろうから。
だから、私は何も言わずに彼について行こうとした。
後ろから、彼が引き止めなければ。
「名前先輩」
久しぶりに聞いた、その声が私の名を呼ぶ。
私達は立ち止まって、分かっていたように翼くんは私の手を離した。
「あっちで林檎飴売ってましたよ。花火見ながら食べたらいいんじゃないですか?」
「名前、前食べたいって言ってたもんな!」
翼くんの言葉に、陽日先生と羊は何も言わなかった。突然に梓くんが言った意味が、翼くんのおかげで和らいだ。
私は頷いて、促す梓くんの後を追った。
後ろから「あいつも食い意地張ってるなぁ」などと失礼な声が聞こえたけど、今は我慢しておこう。
林檎飴が好きと言った覚えはないし、買うつもりもない。
そもそも屋台とは逆方向に向かっている背中を、私は無言で追いかけた。