自主練をしている梓の目は、少し先の的を見つめていた。
隣で訳の分からない奇声を発している存在など気にも留めず、洗練された動作で矢を放つ。


「ぬ、ぬっぬ〜」


少し逸れたか、と心の中で呟いて、構えていた弓を下ろした。それを見ていた翼がキラキラした目をこちらに向けた。


「お、梓疲れたか!?じゃあ俺の発明品を……」

「いらないから」


ぬーん、とつまらなそうに口を尖らせる翼を見て溜め息をつく。
静かな弓道場に響く翼の声は正直煩わしいが、翼の相手をする暇な奴がいないと言うのだから困ったものだ。

もっとも、自分だってそこまで暇ではない。しかし弓道場にまで来られたら追い出すのも一苦労なので特に相手もせず放ってはいるのだが。


「おーい、木ノ瀬ー!」


引き戸が開いて、梓と翼は揃ってそちらに目をやった。そこにいたのは陽日先生と土萌だった。



陽日先生と翼のコントのような会話が終わり、ようやく本題に入る。
浴衣の着付けを頼んでくる陽日先生にその理由を問えば、どうやら土萌に夏祭りを体験させてやりたいらしい。
夏祭りと聞いてはしゃぐ翼は、嫌がる梓も強引に連れていこうとする。

結局は4人で行くということで落ち着いて、ひとまず浴衣の準備を始めようとした。


「翼、手伝えよ」

「ぬーん……ちょっと待て……」


早く準備しようと張り切る陽日先生と、こっそりと屋台に心躍らせる土萌。
そんな中、さっきまで騒いでいた翼は座り込んで携帯をいじっていた。

文章を考えながら打っているように見えるメール。梓がもう一度叱咤しようとしたとき、翼はパチンと携帯を閉じて立ち上がった。


「俺も準備するぞー!ぬーん」

「はいはい」


ようやくか、と溜め息をついて弓道場を出ようとする彼の後ろに続く。自分より大きな背中が問いかけるように、声がした。


「なあ、梓」


顔は見えないが、それは何かを含んだような声音だった。


「名前、元気かな」


続いた言葉に、一瞬だけ表情を変えた梓。見られていないことに安堵して、いつもの顔を作った。言葉が見つからないので、そっけなく返事をしておく。


「……さあね」


それ以上の追求は無意味だと翼にも分かっていた。見なくても何となく分かる梓の表情。

いつからだか分からないが、梓の名前に対する態度がおかしくなっていた。彼女の話題を出しても前より笑わなくなったし、興味ないと言った様子で話を打ち切ろうとする。
名前が元気のない日もあったし、もしかして梓と何かあったのだろうか。


「もしかしたら、誰かと会うかもしれないな!」


両手を広げて、前を歩く陽日先生と土萌にアタック。後ろを歩いている梓など振り返らない。


二人に何かあったのなら、早く元通りになってほしい。もし何もないのなら、それでいい。
前のように三人で笑えれば、それだけで楽しいのだから。
後で怒られるかもしれないことなど、翼にはまったく怖くない。

届いたメールを名前が見た頃には、彼女は浴衣の着付けを終えていた。





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メンバーとネタはガルスタの連載小説1から。
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