屋上庭園には珍しく誰もいなくて、満天の星空を二人占めだった。
吹きつける風が昼間よりも冷たくて、私は暫し立ち止まって空を眺めていた。


「名字」


呼ばれて、私は星月先生の方を振り返った。
そこには座っている星月先生がいて、私と目が合うとこっちに来いと手招き。
私は小走りで駈け寄って、隣に失礼した。


「夏休み前で、みんな帰省の準備中ですかね?」

「前もってやっておくということを知らないだろうからな」


それは星月先生も同じじゃないのか。
一人で想像して笑ってしまえば、それはすぐに星月先生に気付かれてしまった。


「おい、今失礼なこと考えなかったか?」

「自分でも分かってたんですね」


そういうことを言われ慣れてるからかな。私を怒ることもしないので、遠慮せずに笑わせてもらっていた。

それを止めるのは星月先生に任せてしまおうか。そんなことを思いながらまだ笑っていたら、星月先生の手が伸びてきた。
強行突破に出たか、と私もその手を阻もうとしたら、そこはいつのまにか熱を持っていた。掴まれたまま、それだけじゃない、と私はようやくそこで気付く。

顔を上げれば、星月先生の顔がすぐ近くにあった。


「名字」


今日は呼ばれてばかりだな、となんとなく思う。だけどそれは現実逃避にすぎない。

近付いてきて、一定の距離を保って、止まった。
私が頷く前に、星月先生の口が開く。


「お前は……」


あれ、この雰囲気前にもなかった?
星月先生は、私に何を言いたいのだろう。

至近距離で見つめられて、確かに心臓はドキドキしている。
だけどその先が気になってしまう。だから私は目を逸らさずに見上げていた。促すように、じっと。


「星座の解説じゃなくて、ちがう授業でも始めるつもり?琥太にぃ」


まったく予想していなかった。慌てて振り向けば、そこには妙にニヤニヤしている水嶋先生がいた。
そしてその後ろからは必死に走ってくる陽日先生。


「おい水嶋!お前じゃないんだから、琥太郎センセがそんなことするわけないだろ!」

「陽日先生も、どうしたんですか?」


なぜここだと分かったのだろう。私が聞けば、陽日先生はにんまりと笑ってわざわざ隠していたのだろう、それを私達の前に掲げた。


「お前らが月見酒するって聞いてな!」

「いや、しませんから」


何言ってるんだこの人は。
もう出来上がっちゃってるんじゃないかってぐらい楽しそうに笑う陽日先生はいつもよりテンションが高かった。
どうしようこの人、とちらりと助けを求めるように水嶋先生を見る。


「もしかして僕達、お邪魔だった?」


その何かを期待したような目に私は少しだけ苛立って、否定しようとした。しかしそれを先に成したのは星月先生だった。


「郁、からかうな」


鬱陶しそうな声に、私は目を見開いてしまった。はいはいと肩を竦めて一人はしゃぐ陽日先生の元に行った水嶋先生。

私の寂しいという目に気付いていたのだろう。私に視線を寄越した星月先生の瞳には優しさが含まれていたけど、それを素直に信じきれないでいた。
そんな必要はないのだけれど、さっきの会話のこともあるので反応ひとつひとつに過剰になっていた。


「悪いな、名字。そんなに大したことじゃないんだ」

「い、いえ……」


「おーい!琥太郎センセーも名字もこっち来いよー!」

「そういえば、解説するんだったな」

「……はい、よろしくお願いします」


元の関係に戻ってしまった、とふと思ってしまった。
教師と生徒。私はそれを当たり前だと思っていて、それは揺るぎない事実。


「寝たりしたら、そのまま置いて帰るからな」


陽日先生と水嶋先生が来たから、いつもの調子に戻った星月先生。
それを寂しいと思っているのか、もしかしてと期待しているのか。


「じゃあ、面白おかしくお願いしますね」

「そういうのは直獅に頼め」

「おー!俺に任せておけー!」

「駄目だこの人、完全に酔っ払いだよ」


もどかしいけど、私はまだ分からない。後に気付いたときの私は、今この状況をどうして何もしなかったんだと後悔するのかもしれない。
だけど、今の私は何も知らないから。


「夜は長いですよ」


泣いても笑っても、今を生きている私は今を大事にするしかない。



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