正直、私はこの学園で誰かと恋に落ちるとか、そう言うことを考えたことはない。
そうなればいいなぁと思った日もある。私を特別に見てくれる人が一人でもいれば、私は孤独じゃなくなるなぁ、と。
でも、それはないと思い知らされる。その理由はやはり月子ちゃんの存在が大きい。
彼女と私。女の子が極端に少ないというか、私と彼女しかいないこの学園で、どちらと聞かれればそれは彼女を選ぶだろう。私から見てもそれは分かっていた。ああ勝てるわけないと。
だからこそ、そんな妄想は捨ててしまった。マドンナと言われる彼女を差し置いてこの私が?
はは、そんなこと有り得ない。
「何ふて腐れた顔して歩いてんだよ」
「……いや、ちょっと嫌なことを思い出してただけです」
はあ?と顔を顰めた不知火会長だが、それはすぐに笑顔に戻った。
相変わらず切り換えのスイッチが早い人である。
「どうだ名前、試験勉強は捗ってるか?」
「はあ、ぼちぼちです」
「そんな死にそうな顔してか?……よし、この俺様が特別に見てやる!」
「はあ、遠慮しておきます」
テンポ良く交わされる会話だが、その温度は低い。不知火会長の声のトーンもどんどん下がっていき、しまいには後ろに影を背負うほどだった。
「……なんかお前、俺に対する対応が前に戻ってないか?」
はあ、という言葉を飲み込んだ。さすがにこれ以上は失礼だ。いや、わざとやってるんじゃないんだけど。
無理矢理笑顔を作っても、それに騙されてくれる不知火会長じゃない。これはまずい。また面倒なことになってしまう。
「また悩んでるのか?」
「……色々、考えることがあるんですよ」
不知火会長を見ていると、どうしても思い出してしまう。
そう、月子ちゃんが特別だと感じてしまう理由。その一つにこの人があげられると今でも思う。
月子ちゃんは可愛くて性格も良い。男だらけのこの学園で生活していけるのも彼女だからこそであると言える。人当たりも良い彼女の周りに集まるのも頷ける。
だけど、どうしても納得出来ない思いを、私は入学してからずっと心に抱いている。
「俺が力になってやるから、何でも相談してこい」
月子ちゃんの周りにいて、特に彼女と仲の良い人。
幼なじみ、部活動の仲間、教師。そう、ここまでは分かる。
彼女が自分で決めた道で出来た大切な人達。
「名前、お前には俺がついてるからな!」
だけど、生徒会は別でしょう?
この学園の生徒会は不知火会長が選んだ人材である。そう、月子ちゃんは不知火会長に選ばれた存在。
私とはちがう、そう思い知らされてしまう。
「……おい、本当に大丈夫か?」
いまさら何を不満に思っているのだろう私は。
バカみたい、結局は比べてしまっている。
「不知火会長、もうすぐで夏休みですね」
今までまったく相手にされなかった私。だからいきなり距離が近付いた不知火会長にびくびくしてしまうのだ。
彼の友好的な態度、それが彼の本質だということは何となく分かるけど、免疫のない私は何か裏があるんじゃないかと思ってしまう。そうでなくても、最近の不知火会長は変だったから。
「と言っても、俺は居残り組だけどな。お前はどうするんだ?」
無理矢理話題を変えたのに、それを追及することなく会話を続けてくれた不知火会長に感謝して、私はなんとかいつもの自分に戻そうと必死に言葉を探る。
「私は帰省します。まあ、近いんですけどね」
「なら、暇になったときは遊びに来い!翼の発明に付き合わされるのは、俺一人じゃ身体が保たないからな」
もしかして生徒会のメンバーは帰省しないのかな?月子ちゃんも部活で忙しいだろうけど、せっかく仲良くなれそうなのに夏休み中一度も会えないのは寂しいかもしれない。
「はい、じゃあ遊びに行きます。翼くんの発明を見に」
「俺に会いに来い!よし、じゃあ携帯出せ」
不知火会長の冗談にはははと笑いながら、言われた通り携帯を取り出した。
データが受信される様をじっと見つめていたら、いつのまにかアドレス交換が終わっていた。
私と不知火会長を繋ぐものが出来てしまった。これって、どういうことなのだろうか。
信じられないような目で見上げた私を見て、不知火会長はニッと笑った。
「寂しくなったら、いつでも掛けてきていいぞ」
不知火会長は、ちゃんと私を見てくれている。
誰と比べることもなく、私を見て、私にそう言ってくれる。
「それは私より不知火会長の方が有り得るんじゃないですか?」
バカにするような笑みがつい零れてしまった。それに気付いた不知火会長が「お前な……!」と言って私の頭を小突く。痛い痛いと言ってじゃれつく私達。
私は、前ほど彼が嫌いではない。
私は憶病者。そんなこといつまでも言ってられない。
逃げ隠れする感情にも決着をつけなければならないし、出来れば早急に私の気持ちにも答えを出したい。まあ、それはイエス・ノーでは出せない結果かもしれないけど。
それでも、そろそろ踏み出さなければいけない。