夏休み前だからか、授業も駆け足状態になってきた。あらゆる手で詰め込もうとする先生達の授業に、頭の容量がオーバーしそうだった。
これはやばい、と分からなかった場所のおさらいをしておこうと今日の昼休みも図書室へ。その帰りだった。廊下を歩いていたら、私を見つけたらしい星月先生が声を掛けてくれた。
「名字」
「あ、こんにちは」
ぺこりと頭を下げれば、星月先生が頷いた。そして心配そうな表情で私を見下ろす。
「具合はどうだ?」
ああ、思い出した。私はこの前頭が痛くて保健室に行ったんだった。
やだやだ、このところそれ以上に強烈なことが多くてすっかり忘れてた。星月先生にも要らぬ心配をかけてしまった。
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
私が笑えば、星月先生も緩めた顔で笑った。
「生徒を心配するのは、教師の務めだからな」
その言葉に、私は陽日先生を真似してるんだなと気付いた。私の顔を見て、星月先生は「って、直獅なら言うだろうな」と肩を竦めて見せる。
冗談で言ったつもりなのだろうけど、私はそれが星月先生の本心なのだろうと思った。陽日先生と同じくらい、生徒を、私を、心配してくれている星月先生。かっこいい、大人だなぁとつくづく思う。
「星月先生、私テスト頑張ります」
「お、いい心意気だな」
「はい。だから、お願いがあります」
にこりともにやりとも言えない笑みを作れば、星月先生は分かりやすく呆れていた。誰のために勉強しているんだとでも言いたげに。
だけど私は、そういう子どもっぽい誘い方しか出来ないの。
「一緒に星を見に行ってほしいんです。結局星見会の時は先生と会えなかったし、私本当に楽しみにしてたんです。星月先生の解説」
力説すればするほど、星月先生の溜め息は大きなものになっていく。彼は教師だから、私一人贔屓にするのは良くないと考えているのかもしれない。
私もだいぶ変わったなぁと思う。前はこんな風に、ましてや先生に近付こうなんて思いもしなかった。
特別視してもらうこと。それは端から見たら嫉妬の対象だ。嫌がっていた存在に、私はなろうとしている。
「……仕方ないな」
だけどこれは、誰かと比べているわけではないのだ。
たとえば私より遥かに星月先生のことを知っている月子ちゃん。
彼女のように、彼女以上に、と競っているわけではなくて。私は純粋に、星月先生だから近付きたいと思うのだ。
「いいんですか!?」
これが恋だとか、明確な感情の正体はまだ分かっていない。ただ憧れているのは確かであって、もっと時間を共有したいと思うのも事実。私はまだ、何にも分かっていなかった。
「夏休み前の、夜にな」
そう言って約束してくれた星月先生は、やっぱりスマートで大人だった。