もやもやとした気分は相変わらず晴れなかった。そのせいで勉強に身が入らない、なんてのは言い訳にしかすぎない。
私はぶつぶつと本のタイトルを声に出しながら順番に目で追っていた。
「えーっと……神話の……神話の」
「この本をお探しですか?」
振り向いたその先には青空くんが私の探していた本片手に立っていて、近寄れば優しくそれを手渡してくれた。
「よくこれだって分かったね」
「長いタイトルを口にしていた時から、僕はここにいましたから」
つまりは全部見ていた、と。
口元に手を当てながらくすくす笑う青空くんはすごく優雅。私の頬が赤いことに気付いたのか、彼はぷつりと笑うのをやめた。
「あ、すみません」
「ううんっ!あ、これありがとう」
お役に立てて何よりです、と笑う彼。その笑みがすごくきれいだったから、私は直視できずにもらった本の表紙をそっと撫でて彼から視線を外した。
「レポートですか?」
「うん。神話の授業も選択で取ってるから」
そうだ、確か青空くんは神話科だ。だからこの棚にいたのか、なるほど納得。
ついでに分からないところでも聞いておこうか。
「青空くん、ちょっとレポート関係で質問したいことがあるんだけど……」
いいかな、と私が聞く前に青空くんは「もちろん」と言ってくれた。さらに、私は別にこの場で良かったのに、時間を割いてくれるように連れ出そうとする。
「僕で良かったらお付き合いしますよ。座ってやりましょうか」
彼がそう言ってくれるのだから。私は本を片手に彼の後を追った。
「名字さんが調べようとしてることなら、この本に詳しく載っていますよ」
「あー、でもそれ今貸し出し中なんだよね。期限ギリギリだから他のを探そうと思ってるんだ」
青空くんはまた笑って、「なら」と言葉を紡ぐ。
「僕が持っている資料をお貸ししましょうか?」
「いいの?」
「ええ。コピーしておいた資料があるはずですから、明日持ってきます」
なんて良い人なのだろう。
助かります、と言って深々と頭を下げれば青空くんはまたくすくす笑みを漏らした。
不意に、青空くんが私をじっと見つめた。その視線に首を傾げれば、一層表情を柔らかくした彼。
「名字さんは、会長とどんな関係なんですか?」
机に頭をぶつけたい衝動に駈られたが、それはさすがに変人だと思われてしまうので私はなんとか自分を留めて、だけど必死に首を振った。
「か、関係……?特に何も、ないですよ」
あわあわ、落ち着きのない私を宥めるように「質問が悪かったみたいですね」と言った。
分かってるならこの話題をやめてくれればいいのに。
「あなたが会長のことをどう思っているか、そう聞きたかったんです」
「私が……?」
そんなの私が聞きたいよ。自分だって分からないのに、不知火会長はころころと態度を変えてしまうから、私だって困惑してしまう。
自分がどう思っているか、大切なことが、曖昧になってしまうほどだ。
「この間、会長はとてもあなたを気に入っていましたから」
それは、この前の生徒会室のことを言っているのだろうか。確かに私も驚いた。
抱きつくなと言ってみたり、あんなに私を見て目を泳がせていた不知火会長がまた来いよと言ってくれたり。
「特別な存在になったのではないかと思いまして」
「そ、そんなことないです!」
でも、それだけだよ。深い意味を求めないでいいよ、余計に絡まってしまうから。
ないない、とくり返す私を意味深に見つめる青空くんがひどく冷静だったから、私は少し恥ずかしくなった。
「時間の問題ですかね」
「え、何?」
小さな呟きを聞き返しても、青空くんは答えてくれなかった。
「いいえ、なんでもありません。さあ、早く片付けましょう」
代わりに、黒い笑みが注がれた。あれれ、青空くんどうして私にもそんな顔見せるの?
おかしいなぁ、私なにもしてないのに。
「鬼だ……」
「コピーあげませんよ」
嫌です!と彼に流されるまま、私は神話の勉強をさせられましたとさ。
ああ、もう少しで夏休みだ。