翼くんから「発明が上手くいったから、今日の放課後生徒会室に集合だーぬはは!」と言った類のメールが入っていたので即効で「行きません」と返信しておいた。
翼くんの発明に対する成果は当てにならない。
「…………」
「ぬ、ぬっぬ〜」
どうして私は生徒会室のソファーで体育座りしているのだろう。おかしいな、はっきり断ったはずなのに。
確か放課後になったと思ったら翼くんが私のクラスに乱入してきて、私の手を握ってぐいぐいと廊下を歩くから必死に抵抗したわけだ。
そして「遠慮するな!今日は俺以外誰もいないんだ」と言われて、そうだ、それで私は渋々ここまでやってきて翼くんの発明を見せられているのだ。
「で、こう!どうだ〜ぬはは!」
「すごいねぇ。で、いつ爆発するの?前もって言っておいてね、逃げる準備したいし」
「ぬ、爆発なんてしないぞ!」
「そうかそうか」
その言葉を信じたいよ私だって。翼くんの発明をこれでも楽しみにしてるんだからね。
どれも心の中で呟いて、ふう、と息を吐き出した。珍しくラボの外で発明をしている翼くんがソファーに座っている私を見上げた。そして独特の動きでこちらにやってきて、私の隣に腰掛ける。
「名前、元気ないのか?」
「そんなことないよ」
即答できる。大丈夫、私は元気だよ。
だけど翼くんは私を信じてくれていないみたいだ。そう顔に出ている。失礼な。
「んー……」
伸ばされた声。それが急に「ぬ!」と途切れて、次に彼が取った行動は私の肩を引き寄せるという驚愕のものだった。
「つ、翼くん!?」
私の背中に回った手が強く結ばれて、私は翼くんと密着していた。大きな彼の中に収まって、ドキドキしている。
「落ち着くだろ?人の体温って」
それは、とても心地のいいものだった。確かに心臓の音はうるさいし、異性に抱きしめられているという事実が私の熱を上昇させる。
だけど、どうしてだろう。
「なでなで」と声に出しながら私の頭を触る翼くんに思わず吹き出してしまう。
「名前が元気出るようにおまじない!ぬはは!」
にかっと笑う翼くんは太陽みたいだ。その無邪気さに安心できる。
だからきっと、私も手を伸ばしたくなるのだ。
「……翼くん」
「なんだ?」
「抱きしめ返しても、いいですか」
この温もりが、とても気持ちいいから。それ以上でもそれ以下でもない。
私のお願いに翼くんは笑って頷いてくれた。彼が先に私を抱きしめてくれたから、私はすんなりとそんなことが言えたのだ。
彼の首元にぎゅうと腕を回して、お互いの体温を感じた。恋愛として成立していないのに、不思議なものだ。
「この方がもっとあったかくなるぞ!」
「本当だ」
「元気出たか?」
「うん……ありがとう」
翼くんの笑顔が一番効果があるものだと思うけど、彼の明るい性格にも救われると思った。
「名前が寂しそうにしてるときは、俺がいつでもおまじないかけてやるからな!」
「期待してるー」
抱きしめ合ったまま、そんな会話をしていた。お互いがお互いをぎゅっと引き寄せて、自分達からしたらじゃれ合っているだけなのだけど、
「……あ?」
「おやおや」
外部から見たら、これはどう見えるのだろうか。
「あ、ぬいぬい!そらそら!」
扉の開く音にぎょっとして、続いた翼くんの声に私は慌てて首元から手を離した。
ちらりと顔だけをそちらに向ければ、困惑したような二人が見えた。ご機嫌なのは今や翼くんだけ。
私がもういいよと言っても、翼くんの手は背中に回ったままだ。
「ずいぶん仲良しですね」
「羨ましいだろ!」
笑顔で会話する青空くんと翼くん。それは彼から見たら微笑ましい光景だったのかもしれない。
まあ、それならそれでいい。だけどもう片方が良くないことに、次の瞬間気付かされる。
「離れろっ!」
鋭い声が私達に降り掛かる。大股でこちらに近付いてきて、「ぬいぬい?」と首を傾げる翼くんから私の腕を強引に取り上げた。
「わっ!」
誘導されるように、身体がソファーの上から落ちていく。しっかりと足をつければ、肩を不知火会長に抱き寄せられたせいで彼にもたれ掛かっている私の身体。
そして、そのままの体勢で不知火会長は翼くんに向かって言った。
「こいつを抱きしめていいのは俺だけだ!」
おお、と翼くんが息を飲んで。
青空くんがさして気にせずお茶を淹れ始めて。
そして私が呆れ顔で不知火会長を見上げる。
「……いや、いつ誰が決めたんですか」
不知火会長がまさかここまで強引な人だとは思わなかった。というか勝手にも程がある。
「俺が!今、だ!」
「とにかく離してください!」
ジタバタと暴れるも、しっかりと掴まれた肩を離してはくれなかった。
嫌がる私を見て、不知火会長はショックを受けているように尋ねた。
「なっ、なんで翼は良くて俺は駄目なんだよ!?」
「今の流れでそこですか!?青空くん、このバカ会長を成敗してください!」
さらに変な方向にねじ曲がってしまった不知火会長。こうなったら止められるのは青空くんだけだ!と思って彼に助けを求めるも、彼はふふふと笑うだけだった。
ちょっとおおお!
「ぬはは、ぬいぬいと名前は仲良しだな!」
そんな和やかなものじゃないと思うけど。え、私だけなの?
「そんな風にどうして見える!?不知火会長、とにかく」
「名字。いや、名前!」
急に向き直った不知火会長の表情は、初めて会ったときのように強気だった。
腰に手を当てて、私の顔を覗きこむような不知火会長の頬には赤なんて差してなくて、この前見たのは幻覚だったのかと思わせられる。
「宣言する」という、力強い声。
「俺もお前のことが知りたい」
それは、私が言ったことへの返事なのだろうか。
星見会のとき、私は確かに彼に言った。
「覚悟しておけ」
だけど、どうしてこんなに大事に感じられるの?
ニヤリと笑った不知火会長は、それだけ言うとさっさと机に向かってしまった。そして青空くんに今日の仕事は何だと聞く。
さっきの雰囲気は、どこへ行ったの?戸惑う私を置いて、生徒会の人達はてきぱきと自分の仕事を始めていく。
ラボに入ってしまった翼くんを追いかけることも出来なくて、私は帰りますということを青空くんに言った。
「急かしてしまったみたいで、申し訳ありません」
「私こそ、お邪魔しました」
よく分からない空気に圧倒されたまま、私は生徒会室を後にする。振り返ったとき、ばっちりと視線が合った不知火会長は私に笑顔で手を振った。
「またいつでも来いよ、名前。お前なら大歓迎だ!」
「は、はい……」
失礼しました、と言って扉を閉めた。
なにあの吹っ切れましたみたいな顔は。え、どういうこと?どうしてあの流れでこんなことになっちゃうの?
不知火会長が元に戻ったことはいいと思うけど、だけど、やっぱり前とはちがう。
「……とりあえず、帰ろう」
彼の言葉の意味を深く取っちゃいけない。知りたいと、最初にそう言ったのは、私なんだから。